行き先を決めるのは人間の仕事

一度、実験のつもりでやってみたことがある。
AIに「面白い企画を考えて」とだけ打った。
10秒で、企画案が10本返ってきた。どれも文章は流暢で、構成も整っていて、見出しも気が利いている。90点の答案が10枚、机に並んだ感じだ。
そして、10本とも使えなかった。
誰のための企画なのか、何を解決したいのか、私自身が決めていなかったからだ。AIは全力で走ってくれた。ただ、行き先を渡していなかった。
行き先のないナビ
Google Mapsを開いて、「どこかいいところに連れてって」と入力する人はいない。当たり前だ。行き先を入れなければルートは出ない。
でも、AIにはそう言う人がたくさんいる。「面白い企画を考えて」「いい感じの文章を書いて」。行き先のないナビだ。
Google Mapsは、行き先を入れた瞬間に最適なルートを出してくれる。渋滞も迂回路も全部計算してくれる。でも、「どこに行きたいか」だけは、あなたが決めるしかない。 AIもまったく同じ構造だ。
ドラッカーが60年前に言い当てていたこと
ピーター・ドラッカーは1966年の『経営者の条件』でこう書いた。
成果を上げる人は、貢献に集中する
作業に追われる人ではなく、「自分は何に貢献すべきか」を決めてから動く人が成果を上げる、という話だ。60年前の言葉だが、AIの登場でこの言葉の重みが一気に増した。
なぜか。AIによって「作業」のコストがゼロに近づいたからだ。 文章を書くコスト、データを整理するコスト、翻訳するコスト。すべてが劇的に下がった。
だから人間がやるべきことは明確になった。「何に取り組むかを決めること」と「成果を確認すること」。ドラッカーが言っていたことが、AIで加速しただけだ。
12ヶ月ごとに、10分の1
「作業コストがゼロに近づく」は、比喩ではない。数字がある。
Sam Altmanは2025年2月のエッセイ「Three Observations」で、AI経済の観察としてこう書いた。
同じ水準のAIを使うコストは、約12ヶ月ごとに10分の1に下がる
実例として挙げられたのが、2023年初頭のGPT-4から2024年半ばのGPT-4oまでの間に、トークンあたりの価格が約150分の1になったことだ。ムーアの法則は「18ヶ月で2倍」で世界を変えた。こちらは「12ヶ月で10倍」。桁が違う坂道を、私たちはいま下っている。
この坂道が意味することを、仕事の言葉に翻訳するとこうなる。
「作業が上手いこと」の市場価値は、毎年10分の1ずつ安くなっていく。
きれいな文章を速く書ける。データを正確に整理できる。それ自体の値段が、下がり続ける。冷たい話に聞こえるが、裏返せば朗報だ。安くなるのは「中間」だけで、両端の値段はむしろ上がっていく。 その両端の話をする。

0→10→90→100
仕事のプロセスを4段階で考えてみる。
0→10: 方向を決める。 何のために、誰のために、何をやるか。この発射角を決めるのは人間の仕事だ。ここを間違えると、AIがどんなに優秀でも的外れな成果物が出来上がる。冒頭の企画10本は、ここが空白だった。
10→90: 中間の作業。 情報を集める、整理する、文章にする、計算する。ここはAIの独壇場。そして、ここのコストが12ヶ月ごとに10分の1になっていく。
90→100: 最後の仕上げ。 AIのアウトプットは大体90点。見た目は綺麗で、一見問題がない。でも、それをそのまま外に出すと「なんか薄い」「芯がない」と感じられる。最後の10点を人間が引き上げる。
ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』の言葉を借りれば、AIは超高速のSystem 2(論理・分析)だ。データを集め、整理し、論理的に組み立てるのは圧倒的に得意。しかし「何について考えるか」を決める直感、System 1的な発射角は、依然として人間の側にある。

フレーミングとセレクト
写真に例えると分かりやすい。
1000枚撮れば、技術的にはどれも綺麗に撮れる。カメラの性能がそこを保証してくれる。でも、展示に使えるのは3枚だ。
最初に決める「何を画面に入れるか」がフレーミング。これが0→10。
最後に決める「1000枚から3枚を選ぶ」がセレクト。これが90→100。
中間のシャッターを切る行為、つまり10→90の部分は、カメラ(AI)がやってくれる。
カメラの性能がどれだけ上がっても、写真家の仕事はなくならなかった。仕事の場所が、両端に移動しただけだ。
ポール・グレアムの指数曲線
Y Combinator創業者のポール・グレアムはこう書いている。「指数関数的な成長の厄介なところは、最初はフラットに見えること。でもそれは美しい指数曲線の始まりなのだ」。AIを使い始めて「効果がない」と感じる最初の数週間。それはフラット部分にいるだけ。やめるな。

眠っている間に、3案できている朝
数年先の朝を、少しだけ描いてみる。
あなたは前の晩、寝る前に10分だけ使って、明日の仕事の「行き先」を書いた。誰のために、何を解決したいか、何ができたら成功か。それだけ渡して寝た。
朝起きると、資料が3案できている。切り口の違う3案だ。あなたの仕事は、コーヒーを飲みながらそれを読み、1案を選び、「ここが薄い、この視点を足して」と次の行き先を渡すこと。10→90は、あなたが眠っている間に終わっている。
夢物語ではない。エージェント型のAIに夜間のタスクを渡す働き方は、開発の現場ではすでに日常になりつつある。技術的には、もう可能だ。していないのは、私たちの側だ。
そしてこの朝が来たとき、あなたの給料が何に対して払われるかを考えてほしい。眠っている間の90点にではない。寝る前の10分の「行き先」と、朝の「選ぶ目」に払われる。
今日のまとめ
3行で振り返ります。
- AIに全部任せるのは行き先のないナビと同じで、発射角(0→10)は人間にしか決められない
- 中間の作業コストは約12ヶ月で10分の1に下がり続けており、「作業が上手い」の市場価値は毎年安くなる
- 残るのは両端。行き先を決める力(0→10)と、選んで仕上げる力(90→100)に自分の時間を移す
増幅ノート 2/8
あなたの昨日の仕事を思い出して、3つに切り分けてみてほしい。
- 0→10(行き先を決めていた時間)はどれか
- 10→90(AIに渡せる中間作業)はどれか
- 90→100(最後の仕上げと判断)はどれか
10→90に入れたものが、あなたがAIに渡すべきものリストの第1版になる。
Sources & Further Reading
「同じ水準のAIの利用コストは約12ヶ月ごとに1/10になる」の出典。AI経済の3つの観察
行き先を決めたら、次は伝え方。指示の解像度がアウトプットを決める話