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第2章 あなたにしか出せない「方向」

あなたが握り続ける「方向」は、問題設定・なぜ・合否基準の三部品でできている。

「事実」は出せても、「決定」は出せない

前章で、仕事を「方向」と「手」に分けた。手はAIに渡す。では、あなたが握り続ける「方向」とは、具体的に何なのか。

それを、一つの場面から始めよう。

私の学習アプリで、引用のずれが見つかったことがある。問題に紐づいた出典が、本文と合っていない。AIに照合させると、無関係なものが、数十件あった。

ここでAIは、「事実」を、いくらでも出してくる。「この出典は、本文と一致しません」。「この論文は、実在しません」。正確だ。速い。

でも、AIは、その先を、出してこない。それを、どうするのか

消すのか。差し替えるのか。正しいタイトルに直すのか。それとも、多少ずれていても、許容するのか。

ここから先は、AIの仕事ではない。これが「方向」だ。

まず結論:「方向」は三つの部品でできている

漠然と「方針」と言っているうちは、AIにうまく渡せない。方向は、三つの部品に分解できる。

【表:方向の三部品】

部品問いさっきの例で言うと
問題設定そもそも、何を解くのか「問題を増やす」ではなく「売却に耐える、誠実な問題集にする」
目的(なぜ)なぜ、それをやるのか量より、第三者に引き渡せる資産価値だから
合否基準何をもって「良し」とするか出典が実在し、本文と一致していること

この三つを言葉にできれば、あとはAIが、手を動かせる。逆に、ここが曖昧なまま「いい感じにして」と投げると、いい感じには、絶対にならない。

四九件を消すと決めたのは、AIではない

さっきの続きだ。

私は、決めた。「実在しない引用は、一件残らず、正直にする」。結果として、無関係な四九件を除去し、ずれていた百五十九件を、実際のタイトルに直した。

この「正直にする」という基準は、データのどこにも書いていない。私が、自分のサービスの価値をどこに置くか ── 売却に耐える誠実さ ── から、導いたものだ。

AIは、一万件の事実を出せる。けれど、「どの基準で裁くか」は、出せない。なぜなら、それは私の事業観に属するものだからだ。ここが、方向と手の、決定的な境目になる。

原則:方向は「価値判断」、手は「作業」

なぜ、方向だけが人間に残るのか。理由は、一つ。方向には、あなたの文脈が要るからだ。

  • どの問題が、自分の事業にとって、本当に重要か
  • 何を犠牲にして、何を守るか
  • どこまでやれば「十分」で、どこからが「過剰」か

これらは、専門性と立場と将来計画が、ぜんぶ混ざった「価値判断」だ。AIは、これを持っていない。だから、渡せない。渡してはいけない。

ここで、発想を一つ、転換してほしい。方向を出すのは、面倒な前準備ではない。それこそが、あなたの専門性の本体だ。手が消えた世界では、方向を出す力だけが、あなたの希少資源になる。

失敗モード:「合否基準」を言わないと、こうなる

三部品のうち、いちばん抜けやすいのが「合否基準」だ。そして、ここが抜けると、AIは必ず、迷走する。

「資料を作って」とだけ頼むと、AIは「それっぽい資料」を作る。でも、あなたの頭の中にある「良い資料の条件」 ── たとえば「役員が三分で意思決定できること」 ── を知らないから、見栄えはいいが、使えないものが返ってくる。

そして厄介なことに、基準を言っていないあなたは、「なんか違う」としか言えない。どう違うのか、自分でも、言葉にできていないからだ。

基準を先に決めることは、AIのためであると同時に、自分の「なんか違う」を、言葉にする訓練でもある。

「毎回、基準を言語化するのは大変では?」

そう思うかもしれない。たしかに、最初は手間だ。

でも、これはやるほど、速くなる。一度言葉にした基準は、記憶に残して、使い回せる(第7章)。「うちのサービスでは、誠実さを最優先する」と一度決めておけば、次からは、いちいち言わなくても効く。

それに、考えてみてほしい。基準を言葉にできない仕事を、あなたは本当に「分かっている」と言えるだろうか。方向を言語化する手間は、自分の専門性を、自分で確かめ直す時間でもある。

持ち帰り

【演習:方向を、三行で書く】

いま抱えている仕事を一つ選び、次の三行を、埋めてみる。

  1. 問題設定:そもそも、何を解くのか
  2. なぜ:何のために、やるのか
  3. 合否基準:何ができたら「良し」とするか

三行のうち、いちばん埋めにくかった欄が、あなたが普段、あいまいにしている場所だ。そこにこそ、AIに渡す前に詰めるべき、あなたの判断がある。

そして、AIへの指示には、必ず「なぜ」を一文、添える癖をつける。「なぜ」は、あなたにしか言えない。だから、そこだけは、省略しない。

次章では、方向を渡したあとの話に進む。AIが手を動かして返してきたものを、どう受け取り、どう決めるか。「生成して、検証して、決める」ループだ。