状況
小児科外来では、診療ガイドラインの改訂が年単位で行われる。脱水補正の基準、熱性けいれんの予防投薬、乳幼児への解熱剤の使い方、どれも「確かこのページに書いてあった」で済む話だが、外来の合間に素早く確認したいとき、PDFを開いてCtrl+Fで検索する時間すら惜しい。
もうひとつ困っていたのが、自分のメモの散在だ。学会発表でもらった知見、論文を読んで書き留めた臨床上の注意点、外来中に感じた処方の迷い、これらが手書きのメモ、Notionの断片、メールの下書きにバラバラに存在していた。検索できない知識は、事実上存在しない。
NotebookLMを試したのは、「自分がアップロードしたドキュメントの中だけから答える」という仕様を読んだからだ。ChatGPTのように学習データから自由に補完するのではなく、登録したソースに閉じて回答するなら、引用先が必ず特定できる。それは臨床判断の補助として許容できると思った。
やったこと
ソース登録
ノートブックを診療領域ごとに分けた。自分がよく迷う問題領域を1冊ずつ作る。
小児感染症 / 抗菌薬選択(日本小児感染症学会のガイドライン + 自分がマークした論文)熱性けいれん / 神経疾患(熱性けいれん診療ガイドライン + 関連する後向き研究)外来頻用 / 処方メモ(自分が外来中に書き溜めたメモをテキストとして貼付)
アップロードはPDFが中心。日本語テキストとして保存されているPDF(スキャンではなく電子版)の方が精度が上がる。
登録したソースの例:
- 熱性けいれん診療ガイドライン2023年版(PDF、学会サイトから取得)
- 抗菌薬適正使用の手引き(厚労省公開PDF)
- 自分の診察メモ(Notionからコピー→テキストで貼り付け)
- 関連論文 3〜5本(PubMedからPDFダウンロード)
質問の仕方
右側のチャット欄に、外来でそのまま浮かぶ疑問を投げる。
質問例1: 「12ヶ月、初回の複雑型熱性けいれん。
ジアゼパム坐剤の予防投与の適応は?」
質問例2: 「6ヶ月の乳児に第一選択で使う
急性中耳炎の抗菌薬と用量の根拠を教えて」
質問例3: 「解熱剤の交互投与について、
ガイドラインはどう書いているか」
返答には引用マーカーが付く。クリックするとそのPDFの該当ページが開く。「このガイドラインの34ページにこう書いてある」が数秒で出てくる。
引用ページの確認
これが一番大事な工程で、省いてはいけない。
AI回答を読んだ後、必ず引用元ページを自分の目で確認する。要約や統合では細部が変わることがある。特に数値(用量・基準値・期間)はAI出力を見ただけで処方に反映させない。
ノート化
外来後に気になった点があれば、NotebookLMのノート機能でメモを書き足す。「この質問は次にどう確認するか」「改訂版が出たら差し替える」等。ノートもチャットで参照できる。
効いたところ
- 「確かどこかに書いてあった」で終わっていた知識が、引用付きで即座に引き出せるようになった
- 知識アクセスの時間が体感で1回あたり2〜3分短縮(外来中の確認が特に効いている)
- 引用ページが必ず付くため、「なぜそう答えたか」が追跡できる。これがChatGPTとの実質的な差
- 自分のメモ(散在していたもの)が1か所に集まり、検索できるようになった
- 後輩に共有するとき「このノートブックを参照して」と渡せるようになり、属人的な経験値が少し移転できた
限界・気をつけていること
NotebookLMを運用して気づいた問題は、コンテンツそのものではなく管理側にある。
- バージョン管理が手動: ガイドライン改訂時に古い版を差し替え忘れると、新旧が混在して答えが矛盾する。特に予防接種・救急対応・薬剤量は定期更新が必要
- 引用確認は省略しない: 複数ドキュメントを統合するとき、AI回答が微妙に誤った統合をすることがある。数値・薬剤名・適応基準は原本ページを目視する
- 患者情報はアップロードしない: NotebookLMはGoogleのサービス。個人が特定できる情報は一切登録しない。ガイドライン・論文・匿名化したプロトコルに限定する
- 医療判断は人が担う: あくまで「どこに書いてあるか」を素早く特定するツール。処方・治療方針の決定は自分の判断であって、AIの出力の確認ではない
横展開
同じ仕組みは臨床以外にも使える。
AMPL運営で使っているのは、自分の過去の記事・メモ・参考にしている論文をまとめた「執筆リファレンス用ノートブック」。「この話題は以前どう書いたか」を確認するのに使う。
専門医試験の勉強では、重要疾患のガイドライン数本をまとめたノートブックを作り、「この疾患の定義と治療の第一選択」を繰り返し確認する用途に使っている。
手間は「ソースを登録する」の1工程だけ。それさえやれば、あとは質問するだけで引用が付いてくる。