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ログインを、今の常識で作る
レッスン 6 / 15|8分で読めます

ログインを、今の常識で作る

「複雑なパスワードを定期変更」はもう古い。NIST最新版(SP 800-63B-4)とパスキーを軸に、2026年基準のログインを設計する。

医療の世界に、こういう経験はないでしょうか。

昔は常識だった治療が、新しいエビデンスでひっくり返る。

パスワードの世界でも、同じことが起きています。

「記号と大文字を混ぜて8文字以上、90日ごとに変更」。多くの病院の情報システムで、いまも現役のルールです。

ところが、この分野の世界標準である米国NISTのガイドライン(SP 800-63B、2025年7月に第4版が確定)は、複雑性の強制と定期変更の強制を、どちらも廃止しました。理由は明快で、人間はそのルールの下では弱いパスワードを作るというエビデンスが積み上がったからです。医学と同じで、ガイドラインはエビデンスで更新されます。

今回は、自分のアプリのログインを2026年の基準で設計します。

旧常識と新基準の対照表

比較

パスワードの旧常識 vs NIST SP 800-63B-4(2025年確定)

論点旧常識現行基準
複雑さ記号・大文字・数字を強制強制しない(長さのほうが効く)
長さ8文字あればよい最低8文字、15文字以上を推奨
定期変更90日ごとに強制変更強制しない(漏洩の兆候があった時だけ変更)
チェック形式チェックのみ既知の漏洩パスワード一覧と照合して弾く

なぜ複雑性の強制が消えたのか。

強制された人間は P@ssw0rd! のような、規則は満たすが攻撃者には予測しやすいパスワードを作ります。そして90日ごとの強制変更は P@ssw0rd2! への末尾インクリメントを生む。規則が、弱さを量産していたわけです。

代わりに効くのは長さです。短く複雑な文字列より、長い文章のようなパスフレーズのほうが、機械的な総当たりに強い。

それでも本命は、パスワードをなくすこと

現行基準がいちばん推しているのは、実は良いパスワードではありません。

パスキー(passkey)です。

パスキーは、パスワードの代わりに端末の中の秘密鍵と、指紋や顔認証を組み合わせてログインする仕組みです。利用者は何も暗記しません。そして決定的な利点がひとつあります。

フィッシングが原理的に効かない。

パスワードは、偽サイトに騙されて入力すれば盗まれます。パスキーは本物のサイトのドメインと紐づいており、偽サイトではそもそも動作しない。「気をつける」ではなく「仕組み上できない」。この違いは大きい。

自分のアプリでの実装は、難しくありません。SupabaseやClerkなどの認証サービスは、パスキーやMagic Link(メールのリンクでログイン)を設定で選べます。AIへの指示はこうです。

「ログインはパスワードではなく、パスキー対応(なければMagic Link)で実装して。パスワードを使う場合は、最低8文字・複雑性要件なし・漏洩パスワードリストとの照合ありで」

忘れがちな2つのドア

アプリのログインを固めても、まだドアが2つ残っています。

ドア1: 管理画面そのもの

SupabaseやVercelのあなた自身のアカウントです。ここが破られると、RLSも環境変数も、金庫ごと持っていかれます。

対策はシンプルで、MFA(多要素認証)をオンにすること。Supabase公式の本番チェックリストにも、アプリの利用者向け設定より先に「まず自分の管理アカウントにMFAを」と書かれています。

ドア2: パスワードの使い回し

利用者は、他のサービスと同じパスワードを使い回します。他所で漏れたパスワードで、あなたのアプリに正面からログインされる(リスト型攻撃)。これが、漏洩パスワードとの照合が基準に入った理由です。

明日のアクション

今日中にやる3点

  1. Supabase・Vercel・GitHubの自分のアカウントにMFAを設定する(アプリより先に自分)
  2. 自分のアプリのログイン方式を確認し、パスキーまたはMagic Linkへの移行をAIと検討する
  3. パスワードを残す場合、「複雑性強制・定期変更強制」が入っていたら外す(長さと漏洩照合に置き換える)

今日のまとめ

3行で振り返ります。

  • 「複雑なパスワードを定期変更」は現行基準では廃止済み。効くのは長さと漏洩照合
  • 本命はパスキー。フィッシングが仕組み上効かないログインを、認証サービスの設定で選べる
  • アプリより先に、自分の管理アカウントにMFA。ここが金庫の元栓

セルフチェック

1. NIST SP 800-63B-4(2025年確定)のパスワード基準として正しいのはどれ?

次のレッスン

ドアの守りはできました。次回は、ドアから入ってくるものの話です。利用者の入力欄も、AIの出力も、信用した瞬間に武器になります。インジェクションという古典と、プロンプトインジェクションという新顔をまとめて扱います。

参考・出典