子どものころ、ドラえもんに憧れていた
子どものころ、ドラえもんが好きだった。
タケコプターも、どこでもドアも、暗記パンも、いいな、と思って観ていた。夢物語として。
中学のときに『AKIRA』を観た。高校で『ターミネーター』を観た。2020年の東京、機械が考える世界。作り物だな、と思っていた。楽しい想像として。
医師になって、当直に追われていた頃、ChatGPTが出た。最初はなんとなく触ってみた。驚かなかった。
でも半年経ったある夜、当直中に立てた鑑別をChatGPTに確認させている自分に気づいて、ふと手が止まった。
これ、SFじゃないか?
俺、もうSFの中にいないか?
1. SFは「待つもの」だった
僕らが育った時代、SFは観るものだった。
スピルバーグの『マイノリティ・リポート』を観たのは、まだ大学生のころだったと思う。トム・クルーズが空中の画面に手をかざして情報を操作する。あれを観て、すごいな、と思った。でも、いつか来るかもね、くらいの距離で観ていた。
『her』のスカーレット・ヨハンソンの声に恋をする男の話を観たのは、医師になってからだった。AIと話す未来か、面白いね、まあ遠い話だね、と思って劇場を出た。
SFは、観るものだった。論じるものだった。待つものだった。
「いつか」「そのうち」「未来は」── そういう枕詞をつけて、自分の生活とは別の場所に置いておくものだった。
僕らの世代にとって、SFは確かに、ポップコーンと一緒に消費するエンタメの中にあった。
2. 2022年11月30日
その日付を覚えている人は、たぶんあまりいない。
OpenAIがChatGPTを公開した日だ。
5日でユーザー100万人。2ヶ月で1億人。インターネット史上、もっとも速く広まったプロダクトだ(出典: Reuters 2023年2月、UBSアナリスト推計)。
でも、そのニュースを聞いたとき、僕も「ふーん」と思っていた。AIね、はいはい、Siriみたいなやつでしょ、と。
実際に触っても、最初の数回はそんなに驚かなかった。
驚かなかったのは、僕の問いがしょぼかったからだと、後から気づく。「東京の天気は?」「明日の予定を立てて」── そんな質問では、SFには出会えない。
SFに出会うには、もっと自分の仕事を渡してみる必要があった。
3. ふと手が止まった夜
ある当直の夜だった。
小児の急性疾患で、よくある所見と少し違う何かが引っかかる。これくらいの臨床経験になると、当直中はある程度ルーチンで動ける。
でもその日は、何かが引っかかる。よくある急性胃腸炎で片付けたくない感じがある。
で、なんとなく、症状の組み合わせを匿名化してChatGPTに投げてみた。
返ってきた鑑別リストの中に、自分が思いついていなかった疾患が一つあった。確率は低いけど、見落とすと致命的なやつ。
それでもう一度、患者さんを診に行った。
そのときに、ふと手が止まった。
「俺、いま、ChatGPTに当直の相談してたな」
子どものころ夢物語だと思っていた、機械と対話して仕事をする世界に、自分はもう入っていた。
入った日付すら、覚えていない。
4. SFは「試すもの」になった
ここから話を一段ずらす。
僕らはSF映画を観るとき、たいていポップコーンを片手に「いつか来るかもね」と思っていた。それは、SFが「待つもの」だったからだ。
でも、もう違う。
ChatGPTに当直の鑑別を相談できる。Claude Codeで自分専用の小さなアプリを夜中に書ける。NotebookLMに30本の論文を読ませて、明日のカンファ準備が30分で終わる。Soraに動画を作らせる。v0で患者向けの説明資料が10分で立ち上がる。
これ、全部もう来ている。あなたが今夜から触れる。
SFは、観るものから、試すものになった。
「いつか」じゃなくて、「今夜」になった。
2010年代と2026年で、SFの位置が変わった
観るもの
論じるもの
ポップコーンと一緒に消費するエンタメ
マイノリティ・リポート、her、AKIRA、ターミネーター
触るもの
自分の仕事を渡してみる対象
今夜から始められる行動
ChatGPT、Claude、NotebookLM、Sora、v0
僕がこの話で言いたいのは、テクノロジー礼賛じゃない。
この5年で、人生の幅を決めるもの
「もう来ているのに、まだ来ていないつもりで生きている人」と、「もう来ていることに気づいて、試している人」。
この差が、これから5年で人生の幅を決める。研修医のあなたが、どちら側に立つかは、自分で選べる。
5. 研修医のあなたが今いる場所
ここで、このコースの本題に入る。
研修医のあなたは、ちょうど境目に立っている。
40代、50代の医師の多くは、もう自分のキャリアの形が固まっている。新しい道具に乗り換えるコストが、得られる利益を上回ると判断する。これは合理的な判断だ。
でも研修医は違う。
これから決める。
診療科も、勤務先も、専門分野も、研究するかしないかも、起業するかしないかも、これから決められる。
そのタイミングで、SFの中に立っている。
これは事故じゃない。チャンスだ。
ただし、チャンスは気づいた人にしか見えない。気づかない人は、まだ夢物語だと思って、横を通り過ぎていく。
このコースは、その境目に立つあなたに、見取り図を渡すために書いた。
6. このコースで渡す8つの地図
8回で、こういう順番で進む。
- L01(今ここ)── 子どものころ、ドラえもんに憧れていた
- L02 ── ある朝、世界はひっくり返る(過去20年の3つの「あの瞬間」)
- L03 ── アメリカの研修医は、もうAIと働いている(米国の臨床現場の今)
- L04 ── ひとりで病院をつくった医師の話(ソロプレナー医師という選択肢)
- L05 ── 患者は、診察室に来る前にChatGPTを開いている(影の側)
- L06 ── 日本だけ、なぜこんなに遅いのか(自国の現在地)
- L07 ── 2030年、あなたは指導医になっている(5年後の3シナリオ)
- L08 ── で、明日から何を触る?(行動の地図)
L01-L02で景色を見せ、L03-L04で世界を見せ、L05で影を見せ、L06-L07で自分のいる場所を確かめ、L08で歩き出す。
このコースが終わったとき、あなたが触る道具を一つ決められる状態になっていれば、僕の仕事は終わりだ。
7. 今夜の宿題
最後に、一つだけお願いがある。
このレッスンを読み終えたら、今夜の宿題を1つ
ChatGPTかClaudeを開いて、何か一つだけ、自分の仕事を投げてみてほしい。
明日の外来の準備でも、書きかけのレポートでも、よくわからないガイドラインの解釈でも、なんでもいい。患者情報は匿名化して、症状の組み合わせや一般論に置き換えて。
返ってきた答えを読んで、「あ、SFじゃん」と一瞬でも思えたら、このコースのスタート地点に立てている。
その瞬間から、SFはもう、あなたにとって試すものに変わる。
次のレッスンでは、過去20年で「ある朝、突然、世界がひっくり返った」3つの瞬間の話をする。iPhoneとAlphaGoとChatGPT。なぜそれが瞬間だったのか、そして次の瞬間はどこにあるのか。
Sources & Further Reading
UBSアナリストによる『5日で100万人、2ヶ月で1億人』の出典記事
iPhone、AlphaGo、ChatGPT。過去20年で世界が朝起きたら別の場所になっていた3つの瞬間と、次の朝はどこにあるかの話