日本だけ、なぜこんなに遅いのか
ここまで5レッスン読んで、こう思った人は多いと思う。
「アメリカの話、すごいのは分かった。で、日本は?」
『ガンダム』のシャアの有名なセリフに、こういうのがある。
「認めたくないものだな、自身の若さゆえの過ちというものは」
日本の医療AIの遅さを「日本人医師がサボっているから」と説明するのは、シャアでいうところの「若さゆえの過ち」だ。サボっているから遅いんじゃない。構造で遅いことになっている。
このレッスンでは、日本の医療AIが米国に対してなぜ周回遅れなのかを、4つの構造で見にいく。そのうえで、研修医が個人で乗り越えられる範囲を確認する。
絶望するための章じゃない。構造を理解して、自分の動きしろを取り戻すための章だ。
1. 数字で見るタイムラグ
まず、ありのままの距離を見る。
L03で見た4つのプロダクトを、日本にどれくらい使えているかで並べてみる。
PMDA承認のAI医療機器は、2026年時点でおおむね数十件レベル。EndoBRAIN(大腸内視鏡AI、PMDA承認 23000BZX00372000)、EIRL aneurysm(脳動脈瘤AI、30100BZX00142000)、nodoca(咽頭画像インフルエンザAI、30400BZX00101000)など、それぞれ一級品ではあるが、米国FDAが累計1000件以上のAI/ML医療機器を承認しているのに対して、桁が違う。
「日本も頑張っている」と「米国に追いついている」は別の話
日本のプレイヤーが努力していないわけではない。ただし、絶対量・速度・規模で米国とは桁が違うのが2026年の現状だ。事実を直視するところから始めないと、対処は始まらない。
2. 日本にも動きはある
ただ、日本がゼロというのも違う。
ここ2年で、日本でも明らかに加速している。
Ubie生成AIは、2026年1月時点で全国100病院以上(うち大学病院10以上)に導入され、累計1,800医療機関に展開されている。月間10万セッションを超える利用がある。Keiju総合病院では退院サマリ作成時間が42.5%短縮、看護師の心理的負担が27.2%減ったという報告がある(Ubie プレスリリース 2026)。
CureApp SC(禁煙アプリ)は2020年に日本初のデジタル治療として保険適用、CureApp HT(高血圧)は2022年9月に保険適用された。日本の保険診療の中にデジタル治療が入った、という意味で歴史的だ。
兵庫医科大学病院は2025年、医療向け音声認識+生成AIツール「medimo」を、国内大学病院として初めて導入した(兵庫医大 2025)。藤田医科大学病院はFIXERと共同で、音声入力で電子カルテに記録できるシステムを開発している。JCHO北海道病院は2026年1月、厚労省事業として AIカルテ下書きの実証を開始した。
これらは「動いていない」ではない。
ただ、米国の絶対量と速度に比べると、まだフィールドの一角を耕している段階だ、というのが率直なところだ。
3. なぜ遅いのか ── 4つの構造
次に、構造を見にいく。
なぜ、日本だけがこんなに遅いのか。理由は4つある。
日本の医療AIが遅い、4つの構造
言語の壁
LLMは英語医療コーパスで育っている
規制の慎重さ
PMDA審査は世界水準で丁寧
電子カルテの分散
一番効いている構造の壁
診療報酬の不在
医師に使う経済的動機がない
4. 4つの構造の重なり
この4つを並べると、なぜ日本だけ遅いのかが分かる。
言語の壁は、AIスタートアップの参入を遅らせる。 規制の慎重さは、参入したスタートアップの普及を遅らせる。 電子カルテの分散は、普及できたスタートアップの統合を遅らせる。 診療報酬の不在は、医師に使う動機を与えない。
4つが連鎖して、結果的に日本は周回遅れになる。
これはどれも個人の医師には動かしにくい構造だ。
5. それでも、研修医が個人でできること
絶望して終わるのは違う。構造は重いが、個人が動ける範囲も意外と広い。
日本にいる研修医が、明日からできる4つ
英語で読む覚悟を持つ
OpenEvidenceは医師なら登録できる
日本のAIプロダクトを早めに触る
Ubie生成AI / 個人で触るChatGPT/Claude
自分の業務を解像度高く言語化
削れる場所が見える
海外で働く可能性を地図に入れる
ECFMG・USMLE等の準備
6. 日本の遅さは、悪いことばかりじゃない
最後に、日本の遅さの良い側面も書いておく。
米国の速さは、副作用も大きい。AI誤診による訴訟が増えている。AI scribeの記録ミスで揉めるケースが報告されている。Hippocratic AIが対応する患者の中には、AIが共感しきれない事例も出ているはずだ。
日本の慎重さが、これらの副作用を抑える側面もある。
ただ、慎重さに「アリバイ的な慎重さ」が混じり始めると、ただの言い訳になる。研修医のあなたが10年後、「あのとき動かなかった理由」を言葉にできないなら、それは構造のせいではなく、個人の選択だ。
構造は、個人が動かない言い訳には使える。 だが、個人が動く動機にもできる。
どちらに使うかは、自分で決められる。
7. 次のレッスンへ
ここまで、世界の景色(L01-L02)、海の向こうの現場(L03-L04)、影(L05)、自国の現在地(L06)を見てきた。
次のレッスンでは、5年後を見にいく。
2030年、研修医のあなたが指導医になっているころ、診療所、大学病院、在宅医療は、それぞれどう変わっているか。
3つのシナリオ──楽観、中立、悲観──を並べる。どれが現実になるかは分からないが、それぞれが起きたとき、自分が何をしているかを想像できるかどうかで、今日の動き方が変わる。
5年後の地図を描きにいこう。
Sources & Further Reading
Ubie生成AI 1,800医療機関展開、月間10万セッション。Keiju総合病院42.5%短縮
国内大学病院初のmedimo導入。診察内容を音声記録・1,000字要約して電子カルテへ
5年後、研修医は中堅医師に。日本の医療現場は楽観/中立/悲観のどこに着地するか。3シナリオを並べて行動を決める材料に