はじめに
医療現場は、診療録、紹介状、退院時サマリー、診断書など、多種多様な文書作成業務に溢れています。これらの業務は医師の労働時間のかなりの部分を占めており、大きな負担となっています。LLMを活用することで、文書作成プロセスを大幅に自動化・効率化し、医療従事者がより患者ケアに集中できる環境を実現できます。
LLMによる医療文書作成の基本アプローチ

LLMを用いた医療文書作成には、主に2つのアプローチがあります。
構造化データからの文書生成
検査結果、バイタルサイン、処方歴といった構造化されたデータを入力として、自然な文章のレポートを生成するアプローチです。
以下の患者の検査結果に基づいて、所見を要約してください。
# 検査結果
- WBC: 12,000 /μL (基準値: 4,000-9,000)
- CRP: 5.2 mg/dL (基準値: <0.3)
- 胸部X線: 右下肺野に浸潤影あり
# 所見要約
LLMはこれらのデータから、「白血球数とCRPの上昇、胸部X線での右下肺野浸潤影を認め、細菌性肺炎が示唆される」といった所見文を生成できます。
視点
構造化データの力
検査データを「項目名: 値 (基準値)」のように一貫した形式で提供すると、LLMは異常値を正確に識別し、臨床的に意味のある所見文を生成しやすくなります。電子カルテからのCSVエクスポートと組み合わせると、ワークフローの自動化が容易になります。
非構造化データからの要約
医師と患者の会話音声、フリーテキストのメモ、看護記録など、構造化されていないデータから重要な情報を抽出し、要約を作成するアプローチです。特にSOAP形式の診療録作成で強力な効果を発揮します。
あなたは救急外来の医師です。以下の患者との会話音声の書き起こしから、
SOAP形式でカルテを作成してください。
# 会話音声書き起こし
「先生、昨日の夜からお腹がものすごく痛くて…。特に右の下のほうが
キリキリします。吐き気もあって、一度吐いてしまいました。
熱は37度8分です。」
# SOAP形式カルテ
LLMはこの会話から、主訴(S)、客観的所見(O)、評価(A)、計画(P)に必要な情報を抽出し、カルテの下書きを生成します。
テンプレートを用いた文書作成の自動化

紹介状や診断書など、定型的なフォーマットを持つ文書では、テンプレートを活用することでさらに効率化できます。
ステップ1: テンプレートの定義
文書の基本構造を定義し、空欄にすべき箇所を{}で示します。
{紹介先病院名} {紹介先診療科} 御中
患者氏名: {患者氏名}
生年月日: {生年月日}
紹介目的: {紹介目的}
現病歴:
{現病歴}
既往歴:
{既往歴}
診察所見:
{診察所見}
検査所見:
{検査所見}
診断:
{診断}
治療経過:
{治療経過}
貴院でのご高配を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
{紹介元病院名}
{紹介元医師名}
ステップ2: 情報の抽出と穴埋め
カルテなどの情報源から、テンプレートの各項目に対応する情報を抽出するようLLMに指示し、自動的に穴埋めを行います。
比較
テンプレート方式 vs 自由生成方式
テンプレート方式は出力の一貫性が高く、記載漏れを防げるため、紹介状や診断書などの公式文書に向いています。一方、自由生成方式は柔軟性が高く、退院時サマリーや症例報告など、ケースバイケースで構成が変わる文書に適しています。施設内で標準テンプレートを整備し、LLMと組み合わせることで最大の効率化が実現します。
医療文書作成における注意点

最終確認は必ず人間が行う
LLMが生成した文書はあくまで「下書き」です。内容の正確性、医学的な妥当性、文脈の適切性について、必ず医師が最終的な確認と修正を行わなければなりません。LLMは責任を負うことができず、最終的な責任は常に医療従事者にあります。
個人情報保護とセキュリティ
患者の個人情報を含むデータを扱う際には、施設のセキュリティポリシーを遵守し、許可された環境でのみLLMを使用する必要があります。クラウドベースのLLMサービスを利用する際は、データの取り扱いについてプライバシーポリシーを十分に確認してください。可能であれば、院内に設置された(オンプレミスの)LLM環境を利用することが望ましいです。
医療専門用語の適切な使用
LLMは一般的な用語を使用する傾向があります。プロンプトで役割(ペルソナ)を指定したり、Few-shotプロンプティングで例を示したりすることで、より専門的で正確な用語を使用するように誘導しましょう。
注意
文書の法的効力に注意
LLMが生成した診断書や紹介状は、そのまま公式文書として使用することはできません。内容を医師が確認・修正し、署名した上で初めて法的効力を持ちます。特に保険請求に関わる文書では、不正確な記載が請求拒否や法的問題につながる可能性があります。
まとめ

LLMは医療文書作成の負担を劇的に軽減し、医療従事者がより創造的で人間的な業務に集中するための強力なツールです。構造化データからの生成、非構造化データの要約、テンプレートの活用といったアプローチを理解し、最終確認は人間が行うという原則を守ることで、安全かつ効果的にLLMを日常業務に組み込めます。
次のレッスンでは、LLMの応用範囲をさらに広げ、臨床診断支援における役割と可能性について詳しく見ていきます。
参考文献
- Singhal, K., Azizi, S., Tu, T., et al. (2023). Large language models encode clinical knowledge. Nature, 620(7972), 172-180. DOI 10.1038/s41586-023-06291-2
- Singhal, K., Tu, T., Gottweis, J., et al. (2025). Toward expert-level medical question answering with large language models. Nature Medicine, 31, 943-950. DOI 10.1038/s41591-024-03423-7
セルフチェック
1. LLMによる医療文書作成で最も重要な原則はどれですか?
2. SOAP形式のカルテ作成にLLMを活用する場合、最も効果的な入力データはどれですか?
明日のアクション
紹介状のテンプレートを1つ作成し、実際の匿名化された症例データを使ってLLMに穴埋めさせてみましょう。生成された文書の正確性を確認し、どの部分で人間の修正が必要だったかを記録して、文書作成ワークフローの改善ポイントをまとめてください。
