論文執筆をAIに支援させる
読めるようになったら、書く。順番としては自然だ。
はじめに:書けない理由は4つしかない
最初の1行が出てこない。英語で詰まる。構成が見えない。査読への返答が怖い。若手が論文を書けない理由を分解すると、ほぼこの4つに収束する。AIはそれぞれを個別に潰せる。
誤解してはいけないのは、AIに論文を書かせるわけではない点だ。自分の書く速度を引き上げる道具として使う。著者責任は自分にある。AIは編集者であって、代筆者ではない。症例報告を題材に、執筆の各段階でどう組み込むかを見ていく。
ステップ1:アイデアと骨格を対話で固める
いきなり書き始めない。まずAIと3〜5往復やりとりして、骨格を固める。この症例のどこが新しいのか。自分の頭の中にあるぼんやりした直感を、言葉に落とす作業だ。
私は研修医2年目です。次の症例の症例報告を書きたいと考えています。
この症例の臨床的な新規性・教育的価値はどこにあると思いますか?
日本国内・国外で類似の報告がどれくらいあるか、検索する切り口も教えてください。
【症例の概要(匿名化済み)】
- 年齢層:思春期男性
- 主訴:発熱と関節痛
- 経過:◯◯
- 最終診断:△△
- 治療:□□
- 転帰:◯◯
珍しさの根拠、先行報告の切り口、投稿先候補。AIはこのあたりまで整理してくれる。白紙の画面を前にフリーズする時間がなくなる。
ステップ2:IMRADの各セクションをAIで下書き
IMRAD(Introduction, Methods, Results, And Discussion)はセクションごとに独立しているから、AIに下書きを任せやすい。ただし、先に自分が中身を箇条書きで渡す。ここを省くと出力の質が激落ちする。
以下の箇条書きを元に、Introductionを300語の英語で書いてください。
構成は「背景の重要性 → 既存研究の限界 → 本症例報告の意義」の順で。
【箇条書き】
- 思春期女性のレアな自己免疫疾患
- 過去5年で英語論文10本未満
- 診断遅延が予後を悪化させる
- 本症例は早期診断の手がかりを示す
返ってくる英文がそのまま投稿に耐えるかというと、耐えない。ただ、7割は使える土台になる。残り3割を自分で詰める前提なら、ゼロから書く工数の半分以下で済む計算だ。
AIに書かせる前に「中身を決める」
AIに論文の中身ごと考えさせると、ハルシネーションのリスクが跳ね上がる。先行研究の引用を捏造したり、存在しない方法論を書いたりする。
→ 必ず「中身は自分が決める、書き起こしと整形をAIに任せる」という役割分担を守る。AIは代筆ではなく、編集者に近い存在として使う。
ステップ3:英文校正に使う
英語の壁は根深い。GrammarlyやDeepLでも相当カバーできるが、LLMはもう一段踏み込める。文法だけでなく、医学論文特有の語彙選択や論理展開の自然さまで直してくれる。
以下の英文は、私が書いた症例報告のIntroductionの下書きです。
医学論文として自然な英語に校正してください。
ただし、私の書いた論理構造と固有の表現は可能な限り残してください。
変更箇所には【】で印をつけ、変更理由を簡潔に書いてください。
ポイントは変更理由を書かせること。丸呑みでは何も身につかない。なぜその前置詞なのか、なぜ受動態に変えたのか。理由を読んで納得してから取り込む。この一手間で、論文を書くたびに英語力そのものが伸びる。
ステップ4:リバイス対応への支援
初執筆で最も精神をすり減らすのは、査読コメントへの返信だ。赤字だらけのPDFを開いた瞬間の絶望感。AIを間に挟むと、この感情負荷が劇的に下がる。
査読者から以下のコメントをもらいました。
このコメントの意図を冷静に解釈し、
- 受け入れて修正すべき点
- 反論すべき点
- 補足情報の追加で対応できる点
に分類してください。
それぞれへの返信案も提案してください。
【査読者コメント】
(コメントを貼る)
厳しく見えるコメントも、分解すると大半は建設的な提案である。AIに分類させると、感情が入る余地がなくなる。受け入れるもの、反論するもの、補足で対応できるもの。整理された時点で返信の8割は終わっている。返信案はそのまま使わず、自分の言葉で書き直す。
守るべき著者責任とAI利用の透明性
ICMJE(国際医学雑誌編集者委員会)は2023年、AIは著者としての要件を満たさないと明言した [1]。著者とは研究に対して知的責任を負える存在であり、AIにはその能力がない。Nature [2] もScience も同じ立場だ。AIを共著者に入れることはどのジャーナルでも認められていない。
ただし、使うなという話ではない。NEJMもLancetも、使用範囲をMethodsかAcknowledgmentsに書けと言っているだけだ。執筆補助、校正、図表生成、何に使ったかを正直に開示すればいい。
投稿前にAuthor GuidelinesのAI policyを必ず確認すること。使うことは問題にならない。隠すことだけが問題になる。
まとめ
骨格の対話、下書き、英文校正、リバイス対応。AIが効く場面はこの4つに集約される。どの場面でも原則は同じだ。
中身は自分、文章はAIの補助、責任は自分。
中身は自分が決め、文章の整形をAIに頼み、責任は自分が取る。このルールさえ外さなければ、初執筆までの距離は確実に縮まる。
最終回では、次々と登場するAIツールや情報にどう向き合うか。キャッチアップの設計論に進む。
参考文献
- International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE). Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals (updated May 2024).
- Nature. Tools such as ChatGPT threaten transparent science; here are our ground rules for their use. Nature. 2023;613:612.
明日のアクション
過去に経験した症例や、いま気になっている症例を1つ思い出してほしい。匿名化したうえで、AIに「この症例の新規性と書き出しの切り口」を相談してみよう。書く前に対話するだけで、論文への距離が縮まる。