メインコンテンツへスキップ
レッスン 11 / 12|12分で読めます

論文執筆をAIに支援させる

症例報告の初稿、英文校正、リバイス対応。書くハードルを下げて、初執筆までの距離を縮める実践ガイド。

論文執筆をAIに支援させる

読めるようになったら、書く。順番としては自然だ。

はじめに:書けない理由は4つしかない

最初の1行が出てこない。英語で詰まる。構成が見えない。査読への返答が怖い。若手が論文を書けない理由を分解すると、ほぼこの4つに収束する。AIはそれぞれを個別に潰せる。

誤解してはいけないのは、AIに論文を書かせるわけではない点だ。自分の書く速度を引き上げる道具として使う。著者責任は自分にある。AIは編集者であって、代筆者ではない。症例報告を題材に、執筆の各段階でどう組み込むかを見ていく。


ステップ1:アイデアと骨格を対話で固める

いきなり書き始めない。まずAIと3〜5往復やりとりして、骨格を固める。この症例のどこが新しいのか。自分の頭の中にあるぼんやりした直感を、言葉に落とす作業だ。

私は研修医2年目です。次の症例の症例報告を書きたいと考えています。
この症例の臨床的な新規性・教育的価値はどこにあると思いますか?
日本国内・国外で類似の報告がどれくらいあるか、検索する切り口も教えてください。

【症例の概要(匿名化済み)】
- 年齢層:思春期男性
- 主訴:発熱と関節痛
- 経過:◯◯
- 最終診断:△△
- 治療:□□
- 転帰:◯◯

珍しさの根拠、先行報告の切り口、投稿先候補。AIはこのあたりまで整理してくれる。白紙の画面を前にフリーズする時間がなくなる。


ステップ2:IMRADの各セクションをAIで下書き

IMRAD(Introduction, Methods, Results, And Discussion)はセクションごとに独立しているから、AIに下書きを任せやすい。ただし、先に自分が中身を箇条書きで渡す。ここを省くと出力の質が激落ちする。

以下の箇条書きを元に、Introductionを300語の英語で書いてください。
構成は「背景の重要性 → 既存研究の限界 → 本症例報告の意義」の順で。

【箇条書き】
- 思春期女性のレアな自己免疫疾患
- 過去5年で英語論文10本未満
- 診断遅延が予後を悪化させる
- 本症例は早期診断の手がかりを示す

返ってくる英文がそのまま投稿に耐えるかというと、耐えない。ただ、7割は使える土台になる。残り3割を自分で詰める前提なら、ゼロから書く工数の半分以下で済む計算だ。

AIに書かせる前に「中身を決める」

AIに論文の中身ごと考えさせると、ハルシネーションのリスクが跳ね上がる。先行研究の引用を捏造したり、存在しない方法論を書いたりする。

→ 必ず「中身は自分が決める、書き起こしと整形をAIに任せる」という役割分担を守る。AIは代筆ではなく、編集者に近い存在として使う。


ステップ3:英文校正に使う

英語の壁は根深い。GrammarlyやDeepLでも相当カバーできるが、LLMはもう一段踏み込める。文法だけでなく、医学論文特有の語彙選択や論理展開の自然さまで直してくれる。

以下の英文は、私が書いた症例報告のIntroductionの下書きです。
医学論文として自然な英語に校正してください。
ただし、私の書いた論理構造と固有の表現は可能な限り残してください。
変更箇所には【】で印をつけ、変更理由を簡潔に書いてください。

ポイントは変更理由を書かせること。丸呑みでは何も身につかない。なぜその前置詞なのか、なぜ受動態に変えたのか。理由を読んで納得してから取り込む。この一手間で、論文を書くたびに英語力そのものが伸びる。


ステップ4:リバイス対応への支援

初執筆で最も精神をすり減らすのは、査読コメントへの返信だ。赤字だらけのPDFを開いた瞬間の絶望感。AIを間に挟むと、この感情負荷が劇的に下がる。

査読者から以下のコメントをもらいました。
このコメントの意図を冷静に解釈し、
- 受け入れて修正すべき点
- 反論すべき点
- 補足情報の追加で対応できる点
に分類してください。
それぞれへの返信案も提案してください。

【査読者コメント】
(コメントを貼る)

厳しく見えるコメントも、分解すると大半は建設的な提案である。AIに分類させると、感情が入る余地がなくなる。受け入れるもの、反論するもの、補足で対応できるもの。整理された時点で返信の8割は終わっている。返信案はそのまま使わず、自分の言葉で書き直す。


守るべき著者責任とAI利用の透明性

ICMJE(国際医学雑誌編集者委員会)は2023年、AIは著者としての要件を満たさないと明言した [1]。著者とは研究に対して知的責任を負える存在であり、AIにはその能力がない。Nature [2] もScience も同じ立場だ。AIを共著者に入れることはどのジャーナルでも認められていない。

ただし、使うなという話ではない。NEJMもLancetも、使用範囲をMethodsかAcknowledgmentsに書けと言っているだけだ。執筆補助、校正、図表生成、何に使ったかを正直に開示すればいい。

投稿前にAuthor GuidelinesのAI policyを必ず確認すること。使うことは問題にならない。隠すことだけが問題になる。


まとめ

骨格の対話、下書き、英文校正、リバイス対応。AIが効く場面はこの4つに集約される。どの場面でも原則は同じだ。

中身は自分、文章はAIの補助、責任は自分。

中身は自分が決め、文章の整形をAIに頼み、責任は自分が取る。このルールさえ外さなければ、初執筆までの距離は確実に縮まる。

最終回では、次々と登場するAIツールや情報にどう向き合うか。キャッチアップの設計論に進む。

参考文献

  1. International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE). Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals (updated May 2024).
  2. Nature. Tools such as ChatGPT threaten transparent science; here are our ground rules for their use. Nature. 2023;613:612.

明日のアクション

過去に経験した症例や、いま気になっている症例を1つ思い出してほしい。匿名化したうえで、AIに「この症例の新規性と書き出しの切り口」を相談してみよう。書く前に対話するだけで、論文への距離が縮まる。