院内の業務改善で作ったAIツールが、思ったより使われている。対象疾患の見逃しが減っている気がする。数字にまとめて学会で話したい。
ここで足を止める人と、止めない人がいます。止めない人は、あとで「これは倫理審査が必要な研究だった」と指摘され発表を撤回することがあります。止める人は、まず「これは研究に当たるのか」を確認してから動きます。判断は感覚でなく指針の条文でできます。
「研究」の定義は指針が持っている
判断の根拠になるのは「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」です。現行版は令和3年3月23日制定(文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号)、令和4年3月10日と令和5年3月27日に一部改正されたものです。
指針は「研究」を条文で定義しています(第2 用語の定義(1))。
「人を対象として、次のア又はイを目的として実施される活動」
- ア: 傷病の成因や病態の理解、予防方法・診断方法・治療方法の改善や有効性の検証などを通じて、国民の健康保持増進または患者の傷病回復・QOL向上に資する知識を得ること
- イ: 人由来試料・情報を用いてヒトゲノムや遺伝子の構造・機能・変異・発現に関する知識を得ること
自分の道具のログをまとめて「一般化できる知識」を主張するなら、アに当たります。「自分の病院だけの話です」で終わらせるなら話は変わります。それが次の線です。
医療の一環なら、指針の外にいる
指針にはガイダンスがあり、研究と業務改善の境界線をはっきり書いています(第2 用語の定義8)。
「傷病の予防、診断又は治療を専ら目的とする医療は、この指針でいう『研究』に該当しない」
研究に該当しないとみなせる活動の5例(ガイダンス)
診療録参照・フォローアップ
以後の診療の参考にするための診療録参照、退院患者のフォローアップ
症例報告
症例検討会・学会・専門誌などでの症例報告
出版物への掲載
既存の知見を出版物・広報物に掲載すること
診療実績の集計
自機関の医療評価のための診療実績(受診者数・処置数・治療成績など)の集計・供覧
医療の質確保
標準診療の確認、院内感染・医療事故防止、検査精度管理などのための機関内データ集積
自分が作った道具のログを「今のやり方がどれだけ機能しているか」の確認目的でまとめるなら、4か5に近い。院内の勉強会で「うちではこうでした」と共有するのも、2の症例報告の延長です。
線が動くのは「他院でも同じ傾向が出るはずだ」「この道具は疾患一般に有効だ」という主張に踏み出したときです。自機関の医療評価でなく、アで言う「知識を得る」活動になります。
見立ての手順: 3つの問い
自分の道具のログを次に進める前に、次の3つを順に問います。
目的は、一般化できる知識を得ることか
「うちの運用改善に使う」なら業務改善。「他でも通用する」と主張するなら研究の入り口
適用除外(第3 適用範囲1)に当たらないか
法令の規定・基準適用範囲・公開データのみの利用、のいずれかに該当すれば指針の対象外
それでも該当するなら、倫理審査へ
倫理審査委員会(IRB)への申請が要る。「面倒だから業務改善ということにする」は選べない
問い2の適用除外の中身は次の3つです。
- ア 法令の規定により実施される研究
- イ 法令の定める基準の適用範囲に含まれる研究
- ウ 使う試料・情報が、①既に学術的価値が定まり研究用として広く利用され一般に入手可能なもの、②個人に関する情報に該当しない既存の情報、③既に作成されている匿名加工情報、のいずれかに限られる研究
自分の施設で新たに集めたログでは、多くの場合ウに当てはまりません。ウは公開データのみを使うケース向けです。
具体例: 自分が作ったツールのログ
院内で使っているトリアージ支援ツールを例にします。
具体例:自分が作ったツールのログ
月次で見逃し件数を集計し、運用の微調整に使う(問い1で業務改善、例4・5に該当)
集計結果を院内の症例検討会で「うちではこうでした」と共有する(症例報告の延長、例2)
学会発表として「このツールは見逃しを◯%減らした」と一般化して主張する(問い1で研究、ア該当。問い2の除外にも当たらない)
論文化して「他施設でも有効性が期待できる」と結論づける(データ管理計画・同意取得の要否も別途詰める必要がある)
この指針は近く変わる
令和8年8月27日付の官報で、この指針の一部改正が告示されています。施行は令和8年12月1日の予定です。2026年9月21日時点ではまだ施行されておらず、現行版(令和5年改正版)が適用範囲です。
[要確認: 令和8年12月施行の改正で「研究」の定義や適用範囲がどう変わるかは、告示・施行日以外の条文内容を一次資料で確認できていない。施行が近づいたら厚生労働省の新旧対照表で改めて確認する]
迷ったら、自分で決めない
この3つの問いは、自分だけで確定させるためのものではありません。業務改善のつもりで始めたログが一般化した主張に育っている場合、自己判断で決めず施設の倫理審査委員会事務局に相談します。相談自体に審査は要りません。
今日のまとめ
- 「研究」かどうかは感覚ではなく指針の定義で決まる。自施設の中で完結する業務改善は指針の対象外、外に一般化する主張は研究の入り口
- 見立ては3つの問い。目的は一般化できる知識か、適用除外に当たらないか、当たるなら倫理審査へ
- 判断に迷うケースは自分で決めず、倫理審査委員会事務局に相談する。相談は審査ではない
次のレッスンでは、自分の道具を自分の研究で評価するときに生まれる利益相反を扱います。
参考文献
- 文部科学省・厚生労働省・経済産業省. 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(令和3年3月23日制定、令和5年3月27日一部改正). https://www.mhlw.go.jp/content/001077424.pdf
- 厚生労働省. 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針ガイダンス」. https://www.mhlw.go.jp/content/000769923.pdf
- 厚生労働省. 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針の一部改正について」(令和8年12月1日施行予定). https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75864.html
セルフチェック
1. 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」における「研究」の定義に含まれないものはどれか
2. 指針が「研究に該当しないとみなせる」と例示する活動に含まれないものはどれか
3. 倫理指針の適用範囲(第3 適用範囲1)に基づき、指針の対象外となるものはどれか