臨床疑問の解決法を押さえた。次は、得た知識を患者に届ける場面だ。
はじめに:平易に伝えることの難しさ
研修医の頃、喘息発作で入院する子の母親に説明していて気づいた。自分の口から出てくるのは気管支拡張薬、ステロイド吸入、SpO2、呼気延長。母親は頷いている。でも目が追いついていない。平易に説明するのは、診断と同じくらい難しい技術だと、そのとき思った。受け取る側の力にも幅がある。米国の成人を対象にした2003年の調査では、健康についての文書を読みこなす力が4段階の最上位(Proficient)だった人は12%で、最下位(Below Basic)の人が14%いた [1]。
AIはこの翻訳を手伝える。専門知識を患者の言葉に置き換えた下書きを作らせることができる。5つの研究をまとめた系統的レビュー(査読前のプレプリント)がある。プロンプトを工夫すると、患者向け資料の分かりやすさは上がり、場合によっては正確さも上がった。ただし効果はモデルや方法によってばらつく、とまとめている [2]。そして、安全装置なしには使えない。このレッスンでは、患者説明にAIを使う手順と、外してはならない3つのルールを扱う。
何にAIが効くか:5つの典型的な場面

場面は5つある。病状説明では、検査の結果と今後の見通しを。生活指導では、家での薬の使い方や受診の目安を。同意文書では、処置の目的・方法・起こりうることを(書式と手続きは施設の決まりに従う)。年齢別の説明では、子ども本人に伝える言葉を。多言語では、日本語が母語でない家族への説明の訳を(訳は医療通訳などで確かめる)。どれもAIに下書きを整えさせられる。
共通の構造は1つ。医学的に正確な情報を、相手に届く言葉に変換する作業だ。時間がかかる割に、疲労時ほど質が落ちる。ここにAIの下書きを挟む意味がある。
使い方の基本フロー

流れは4ステップで完結する。
1. 医学的事実を箇条書きで列挙する(自分の言葉で)
2. AIに「読者層・トーン・長さ」を指定して書き直させる
3. 出力を医学的に検証する(誤りがないか)
4. 自分の言葉で最終調整する
AIに送る文の例を示す。
以下の医学的事実を、6歳の子の母親に向けて説明する文章にしてください。
専門用語は使わず、A4半ページ以内で。怖がらせず、でも事実は正確に。
【事実】
- 病名:気管支喘息、軽症発作
- 治療:吸入気管支拡張薬、経口ステロイド3日間
- 入院理由:在宅では夜間の発作対応が難しいため
- 退院の目安:呼吸状態が安定し、SpO2 95%以上が24時間維持
- 自宅での注意:かぜ症状時は発作予防の吸入を必ず使う
これだけでAIは事実を保ったまま、母親に寄り添うトーンで文章を組み立てる。出力を読み、事実と食い違う所を直す。そのうえで、このあとの3つの安全装置を通してから仕上げる。
視点
事実は自分で書き、言葉づかいだけをAIに任せる
AIに「全部やって」と任せると、文章が画一的で温度のない出力になりがちだ。医学的事実は自分で書き、文章のトーンと構造だけをAIに任せる。これだと、医師の責任範囲(事実)と、AIが補う範囲(言葉遣い)がはっきり分かれる。
→ 事実は自分、言葉はAI。この役割分担が、説明文を安全にする。
必ず守る3つの安全装置

便利さとリスクは表裏一体だ。以下の3つは省略できない。
患者個人情報は絶対に入力しない。先ほどの例に、氏名も生年月日もないことに注目してほしい。「6歳の子」「軽症発作」程度の匿名記述で、AIは十分な文章を返す。
出力を医学的に再検証する。この例でAIが「念のため抗菌薬を1週間」と書いてきたら、入力した事実に無い治療なので誤りだ。流暢なだけにもっともらしい誤情報が紛れ込む。入力した事実と出力を突き合わせる作業は飛ばせない。
渡す前に自分の言葉で書き直す。AIの文章は整っているが体温がない。最後の一文だけでも自分の言葉にすると、文面に温度が宿る。患者はその温度に気づくことが多い。
課題と限界:「理解した」と「同意した」の差
どれほど分かりやすい説明文を作っても、患者が本当に理解し同意しているかは対面の対話でしか確認できない。説明文書は対話の代替ではなく、補強材だ。
紙だけ渡して「読んでおいてください」ではインフォームドコンセントにならない。AIで削るべきは文書作成の時間であって、対話の時間ではない。文書が速く仕上がる分、患者と話す時間が増える。これが本質的な効果だ。
参考文献
- Kutner M, Greenberg E, Jin Y, Paulsen C. The Health Literacy of America's Adults: Results From the 2003 National Assessment of Adult Literacy. NCES 2006-483. National Center for Education Statistics. 2006.(健康リテラシーの4段階の割合は、Proficient 12%、Intermediate 53%、Basic 22%、Below Basic 14%) https://nces.ed.gov/pubs2006/2006483.pdf
- Mudrik A, Nadkarni GN, Efros O, et al. Prompt Engineering in Large Language Models for Patient Education: A Systematic Review. medRxiv(プレプリント・査読前). 2025. doi:10.1101/2025.03.28.25324834
セルフチェック
1. AIに患者説明文を作らせる際の役割分担として最も適切なものはどれか?
2. 患者説明文をAIで作る際の安全装置として、最も適切でないものはどれか?
明日のアクション
今週担当した患者さんのうち1人を選び、氏名・生年月日・施設名のほか、日付やまれな経過も除いて、誰のことか分からない事実だけで、退院時の生活指導文書をAIに下書きさせてみてほしい。実際に渡すかは別にして、自分が手で書いたときと比べて何分短縮できたか、文章の温度はどう違ったかを比較する。AIを使う体感をつかむ練習になる。