AI活用の構造化申し送り(I-PASS)
なぜ申し送りが重要か
医療事故の**約80%**にコミュニケーションエラーが関与しており、当直交代時の申し送り(ハンドオフ)はその最大のリスクポイントです。
研修医の申し送りでよくある問題:
- 「何を伝えるべきか」の基準がない → 重要な情報が抜ける
- 経過が長い患者の要約に時間がかかる → 時間オーバーで端折る
- 口頭のみで記録が残らない → 「聞いてない」問題が発生
I-PASS(Illness severity, Patient summary, Action list, Situation awareness, Synthesis by receiver)フレームワークとAIを組み合わせることで、漏れなく、簡潔に、記録が残る申し送りを実現します。
I-PASSフレームワーク
| 要素 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| I - Illness severity | 重症度(安定/要注意/不安定) | 「要注意」 |
| P - Patient summary | One-liner + 経過要約 | 「72歳男性、肺炎Day3、解熱傾向」 |
| A - Action list | To-doリスト(時間指定あり) | 「22時にCRP再検」「深夜にSpO2確認」 |
| S - Situation awareness | 「もし○○なら△△」の条件分岐 | 「38.5度超えたら血培2セット採取」 |
| S - Synthesis by receiver | 受け手が要約して確認 | 「要注意の肺炎患者、22時CRP再検ですね」 |
ワークフロー
Step 1: カルテ情報からI-PASSドラフトを生成(3分/患者)
プロンプト
以下の患者情報から、当直交代用のI-PASS申し送りを作成してください。
# 患者情報
- 匿名化ID: [ID]
- 年齢/性別: [年齢/性別]
- 入院日: [入院日](入院[X]日目)
- 主病名: [診断名]
- 本日の経過: [今日の主要イベント、検査結果、治療変更]
- 現在のバイタル: [直近のバイタル]
- 現在の治療: [投薬内容、酸素投与量、ドレーンなど]
- 今後の方針: [明日以降の予定]
# I-PASS形式で出力
## I(Illness severity)
「安定」「要注意」「不安定」のいずれかを選び、根拠を1文で。
## P(Patient summary)
One-liner(1文)+ 入院からの経過要約(3文以内)
## A(Action list)
当直中に必要なアクションを時間順に。各項目に:
- いつ(時刻または条件)
- 何を(具体的な行動)
- 判断基準(正常/異常の閾値)
## S(Situation awareness)
「もし○○が起きたら△△する」の条件分岐を2-3個。
具体的な数値基準を含める。
## 連絡先
問題があった場合の連絡先と連絡のタイミング
Step 2: 複数患者の優先順位付け(2分)
プロンプト
以下の申し送り患者リストを、当直者が注意を払うべき優先順位で並べ替えてください。
[患者ごとのI-PASSのI(重症度)とP(サマリー)のみ列挙]
# 並べ替え基準
1. 不安定 > 要注意 > 安定
2. 同じ重症度なら、夜間にアクションが必要な患者を先に
3. 「もし〜なら」の条件分岐がある患者を先に
# 出力
優先順位リスト(番号付き)と、特に要注意の患者には理由を1文添えて。
Step 3: 申し送りの実施(5分/5患者)
申し送りの流れ
1. 全体概要: 「今日は[X]人担当で、要注意が[Y]人です」
2. 要注意患者から順にI-PASSで報告(1患者60-90秒)
3. 安定患者はバッチで報告:「残りの[Z]人は安定で、特別なアクションはありません」
4. Synthesis: 受け手が要約して確認
5. 質疑応答
効率的な伝え方のコツ
やるべきこと
- One-linerから始める(受け手が患者像をイメージしやすくなる)
- Action listは時間順に伝える(受け手がメモしやすい)
- Situation awarenessは「もし〜なら」の具体的な数値で伝える
- 最後に「何か質問ありますか?」で確認
避けるべきこと
- 入院からの全経過を語る(要約で十分)
- 「たぶん大丈夫だと思います」という曖昧な表現
- 安定患者に時間をかけすぎる
Step 4: 申し送りシートの保存
AIで生成したI-PASSシートは、印刷またはデジタルで当直者に渡します。
テンプレート(印刷用)
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当直申し送りシート [日付] [引継ぎ者] → [受け手]
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【要注意患者】
■ [患者ID] [年齢/性別] [主病名] Day[X]
重症度: 要注意(理由: ○○)
概要: [One-liner + 経過1文]
Action:
□ [時刻] [アクション] → 基準: [閾値]
□ [時刻] [アクション] → 基準: [閾値]
If-Then:
→ [条件] → [対応]
→ [条件] → [対応]
連絡先: [主治医/上級医の連絡先]
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【安定患者】(特別なアクションなし)
■ [患者ID] [年齢/性別] [主病名] Day[X] - 安定
■ [患者ID] [年齢/性別] [主病名] Day[X] - 安定
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使用例
入力例
# 患者情報
- 匿名化ID: Patient-A
- 年齢/性別: 68歳女性
- 入院日: 2026-02-20(入院5日目)
- 主病名: 急性腎盂腎炎
- 本日の経過: 朝38.2度の微熱残存。尿培養でE.coli ESBL陽性と判明。
CTRX→メロペネム0.5g q8hに変更。午後から解熱傾向。
Cr 1.8→1.6と改善傾向。尿量良好。
- 現在のバイタル: BP 128/76, HR 82, SpO2 98%, BT 37.4
- 現在の治療: メロペネム0.5g q8h(次回22:00)、
維持輸液 ソルデム3A 80mL/h
- 今後の方針: 48時間後にCRP/WBC再検。解熱持続なら経口切替検討。
期待される出力
## I(Illness severity)
要注意 — ESBL陽性で抗菌薬変更当日。効果判定が必要。
## P(Patient summary)
68歳女性、急性腎盂腎炎Day5。ESBL陽性E.coliが判明し
本日CTRXからメロペネムに変更。午後から解熱傾向、腎機能は改善中。
## A(Action list)
- 22:00: メロペネム0.5g 点滴(3回目)
- 深夜帯: 体温測定(4時間ごと)
- 06:00: 採血(CBC, CRP, Cr, BUN)提出
## S(Situation awareness)
- 38.5度以上の再発熱 → 血液培養2セット採取、上級医に報告
- 尿量 < 0.5mL/kg/h × 6時間 → 輸液増量を検討、Cr再検
- メロペネム投与中のアレルギー反応 → 投与中止、アドレナリン準備
## 連絡先
主治医: [電話番号](22時以降は当直上級医: [電話番号])
エビデンス
I-PASSの有効性は複数のRCTで実証されています:
- I-PASS Study (2014, NEJM): 小児病院9施設、3,106人の研修医。I-PASS導入後、予防可能な有害事象が23%減少、コミュニケーション関連のインシデントが30%減少
- I-PASS Adult Extension (2020): 成人病院でも同様の効果を確認
- ACGME推奨: 米国の研修プログラム認定基準で構造化ハンドオフの実施が要件化
よくある質問
Q: 全患者にI-PASSは時間がかかりすぎないか? A: 安定患者はI(安定)とP(One-liner)だけで十分。要注意・不安定患者のみフルI-PASSを使う。10人担当でも10-15分で終わります。
Q: AIで生成した申し送りシートをそのまま渡していいか? A: 必ず自分の目で確認してから渡してください。特にAction listの時刻と薬剤名は必ず照合してください。
Q: 電子カルテに申し送り機能がある場合、AIは不要か? A: 電子カルテの申し送り機能は「フォーマットの提供」、AIは「内容の構造化」。併用することで最大の効果が得られます。
安全に関する注意
- 申し送りシートには患者IDのみ記載し、氏名は含めない
- 印刷した申し送りシートは当直終了後にシュレッダー処分する
- AIに入力する際は個人情報を匿名化する
- 口頭での申し送りを省略してシートだけ渡す、ということは絶対にしない