このレッスンで学ぶこと
このレッスンを終えると、AIと著作権の関係を「AIが学ぶ段階」「AIが作る段階」「人が使う段階」の三つに分けて整理できるようになります。スライドの図、論文のイラスト、患者説明文。日常でAIに作らせるものが、法律上どう扱われるのか。その判断の足場を持って帰ってください。
法律の話は「結局グレーでしょう」で終わりがちです。でも、グレーに見える領域にも、すでに条文と公的な整理があります。そこだけは押さえておきましょう。
注意
このレッスンの位置づけ
ここで扱うのは2026年時点の日本の著作権法と、海外の主要な動きです。法改正・裁判・ガイドラインは動き続けています。個別の案件で判断に迷うときは、最新情報と、必要なら弁護士・知財の専門家に当たってください。本コースは実務の地図であって、個別の法律相談の代わりにはなりません。
セクション1: 著作権の最小限の基礎
まず土台を15行で。
著作権は、人が創作した表現を保護する権利です。保護されるのは「思想又は感情を創作的に表現したもの」で、文芸・学術・美術・音楽の範囲に属するもの。単なる事実やデータ、ありふれた表現は対象外です(著作権法2条1項1号)。
医療の現場に引きつけると、こうなります。
- 診療録そのもの:事実の記録なので、原則として著作物ではない
- 医学論文・総説:創作的な表現があり、著作物として保護される
- 自作の解剖図・医療イラスト・教育動画:著作物として保護される
- 検査値の数字や用量そのもの:事実なので保護されない
著作権には複製権・公衆送信権・翻案権などが含まれ、原則として権利者の許諾なく使うと侵害になります。ただし、引用(32条)や私的使用(30条)など、許諾なく使える例外も法律で定められています。AIに関わるのは、次に出てくる30条の4という例外です。
セクション2: AIが「学ぶ」とき ─ 著作権法30条の4
生成AIは、大量の既存データを学習して作られます。その学習に他人の著作物を使うのは、著作権侵害ではないのか。ここが第一の論点です。
日本には、これに正面から関わる条文があります。著作権法30条の4です。
視点
著作権法30条の4の要点
著作物に表現された思想又は感情の「享受」を目的としない利用(非享受目的)であれば、原則として著作権者の許諾なく著作物を利用できる、と定めた規定です。情報解析のためのデータ利用がここに含まれ、AIの学習も多くの場合この「非享受目的」に当たると整理されています。
つまり日本では、AIの学習段階での著作物利用は、原則として広く認められています。ただし、条文には「ただし書き」があります。著作物の種類・用途や利用態様に照らして、著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この例外は使えません。たとえば、特定のデータベースに「ただ乗り」してその市場を奪うような使い方は、ただし書きで制限されうると考えられています。
この整理を実務向けに詳しくまとめたのが、文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月、文化審議会著作権分科会法制度小委員会)です。学習段階と生成・利用段階を分けて論点を整理しており、AIと著作権を語るときの日本の出発点になっています。
セクション3: AIが「作ったもの」 ─ 生成と利用の段階
学習がクリアでも、AIが出力したものをどう扱うかは別の問題です。ここは二つの問いに分けると整理しやすくなります。
問い1:そのAI生成物に、著作権は発生するか
日本の著作権は「人の創作的な表現」を保護します。プロンプトを一行入れて出てきただけの出力は、人の創作的な寄与が乏しく、著作物と認められにくいと考えられています。一方で、人が構成を細かく設計し、何度も指示を練り、取捨選択や加筆を重ねた成果物には、その人の創作的寄与が認められ、著作物性が出てくる余地があります。判断は「人がどれだけ創作的に関与したか」の程度問題になります。
参考までに、米国著作権局は「人間の著作者性(human authorship)」を登録の要件とし、AIが自律生成した部分は著作権登録の対象にならないという立場を示しています。国により制度は違いますが、「人の関与」を軸に考える点は共通しています。
問い2:そのAI生成物が、誰かの作品に似ていたら
これが実務で一番怖いところです。学習が30条の4でセーフでも、出力されたものが既存の著作物に「依拠」し、表現が「類似」していれば、それを使う行為は通常の著作権侵害になりえます。AIだから免責される、ということはありません。
注意
医師が踏みやすい地雷
スライドや論文に使うAI生成画像が、特定のキャラクター・既存のイラスト・他者の写真に酷似していないか。これは必ず自分の目で確認してください。「AIが作ったから大丈夫」は通用しません。似ているものが出てきたら、使わない。これが最も安全です。
セクション4: 世界はどう動いているか(温度感を持っておく)
日本だけ知っていても、海外サービスを使う以上は世界の流れも温度感として持っておく必要があります。2026年時点の主な動きを挙げます。
- EU:AI Act(規則 2024/1689)が、汎用AI(GPAI)の提供者に、学習に使ったコンテンツの概要を公表する義務を課しました(53条)。透明性を通じて著作権の確認をしやすくする狙いです。
- 英国:Getty Images対Stability AIで、英高等法院は2025年11月、学習モデルの重みを「侵害複製物」とは認めず、二次的著作権侵害の主張を退けました(商標の一部のみ認容)。
- ドイツ:ミュンヘン地裁は2025年11月、歌詞をGPTの学習に使った行為を独著作権法違反と判断しました。欧州で開発者側が問われた初期の例です。
- 米国:New York Times対OpenAIは係争中。Anthropicは、海賊版書籍での学習をめぐる訴訟で約15億ドルの和解に至りました(米国の著作権和解として過去最大級)。
方向は国によってばらつき、決着はついていません。ただ「学習は広く許容しつつ、生成物の侵害と透明性は厳しく見る」という大枠は、各国で共通して見えてきています。
セクション5: 医師の実務指針
ここまでを、明日から使える形に落とします。AIで作ったものを業務で使うときの確認手順です。
- 何に使うかを決める:院内資料か、学会発表か、公開記事か。公開範囲が広いほど慎重に。
- 似ているものがないか確認する:生成画像・文章が既存の作品に酷似していないか、自分の目で見る。
- 出典と引用を守る:医学論文の内容を含めるなら、AI経由でも出典を明記し、引用の作法を守る。
- 利用規約を確認する:使ったAIサービスが生成物の商用利用や帰属について何と定めているか(次レッスンで詳述)。
- AI利用を明示する:学会・雑誌の投稿規定の多くが、AIの使用箇所の開示を求めています。隠さない。
視点
一行で言うと
「学習は広く許される。でも、出てきたものが他人の作品に似ていたら別問題。そして、使う側の透明性(出典・AI利用の開示)は年々厳しくなっている」。この三点を持っていれば、たいていの場面で迷いません。
まとめ
このレッスンでは、AIと著作権を三段で整理しました。学ぶ段階は30条の4で広く許容される。作る段階では、生成物の著作権は人の創作的寄与しだいで、既存作品への類似は侵害になりうる。使う段階では、出典とAI利用の開示が求められる。
次のレッスンでは、医師が最も触れる画像生成AIに絞って、学習データの論点と生成画像の実務を掘り下げます。
セルフチェック
1. 著作権法30条の4が、AIの学習段階での著作物利用を原則として認める根拠となる考え方はどれですか?
2. AIの学習が30条の4でセーフだった場合でも、注意が必要なのはどの段階ですか?
3. 医療現場でAI生成物を業務に使う際の対応として、適切でないものはどれですか?
明日のアクション
直近で自分がAIに作らせたもの(スライドの図、患者説明文、抄録の下書きなど)を一つ思い出し、本レッスンの「実務指針」5項目に当てはめて点検してみましょう。特に「既存の作品に似ていないか」と「AI利用を開示すべき場面か」の2点を確認してください。
参考文献
- 著作権法第30条の4(情報解析等のための利用に関する権利制限規定)
- 文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」文化庁、2024年3月
- Regulation (EU) 2024/1689 (EU AI Act) Article 53(汎用AIモデル提供者の学習データ概要公表義務)
- Getty Images (US) Inc. & ors v Stability AI Ltd, England and Wales High Court, 2025年11月判決
- U.S. Copyright Office, "Copyright and Artificial Intelligence"(人間の著作者性に関する指針)