ここまでの3回では、使うかどうかの判断(第1回)、機微な情報の扱い(第2回)、任せる前の検証(第3回)を、それぞれ個別の場面ごとに見てきました。
こうした個別の判断を、担当者が変わるたびに一から考え直していては続きません。異動や退職で担当が入れ替わることは、病院や福祉施設ではむしろ日常です。「前の担当者はこう判断していたはずだが、理由までは分からない」という状態を避けるには、判断そのものではなく、判断の材料と手順を組織の言葉として残しておく必要があります。それが方針を書く目的です。
6つの要素
どのAIを、誰が、何の業務に使っているかの一覧。学習に使うかどうか・保持期間も合わせて把握する
AIに任せてよい仕事・人がやる仕事・場合による仕事の3つに分ける。第1回の「すべきか」の判断を、担当者ごとでなく組織の言葉にする
AIで浮いた時間を何に使うか。うまくいかなかったときに、誰が元の手順に戻す判断をするか
出力を誰が、どんな手順で確認するか。第3回の検証手順を、誰が担当するかまで決めておく
患者・利用者・生徒・保護者・寄付者に、AIが関わっていることをどこまで、どう伝えるか
効率的であっても使わないと決める場面をあらかじめ挙げておく。これがないと、効率だけが判断基準になってしまう
6つのうち、抜け落ちやすいのは5番目と6番目です。1〜4は「うまく使うため」の要素ですが、5〜6は「使わない判断・使っていることを隠さない判断」を先に決めておくための要素です。公益の組織ほど、この2つを飛ばさないことが信頼を保つ鍵になります。
6つの要素は、それぞれ独立してあるわけではありません。1番目でツールの設定を把握していなければ、2番目の「任せてよい仕事」の線引きも根拠が薄くなります。4番目の確認手順が決まっていなければ、5番目で関係者にどう伝えるかも曖昧になります。1つずつ埋めるというより、埋まっていない項目が他の項目にどう影響しているかを見ながら整えていくものだと考えてください。
方針は一枚の紙から始める
いきなり立派な規程を作ろうとすると、時間がかかりすぎて着手できません。まずは、6つの要素それぞれに1〜2行ずつ答えを書いた一枚のメモから始めるほうが現実的です。完成度より、誰かに見せて意見をもらえる状態にすることを優先してください。
うちの組織(〔病院/福祉施設/学校/NPOなど〕)のAI利用方針の下書きを作りたいです。
次の6項目それぞれについて、私が箇条書きで答えるので、
読みやすい一枚のメモにまとめてください。
1. 使っているツールと把握している設定:〔書く〕
2. AIに任せてよい仕事・人がやる仕事:〔書く〕
3. 期待していること・うまくいかなかったときの戻し方:〔書く〕
4. 出力を誰がどう確認するか:〔書く〕
5. 関係者への伝え方:〔書く〕
6. 効率的でも使わないと決めていること:〔書く〕補足
病院のAI導入をさらに詳しく
病院を対象に、導入の準備状況の評価から変更管理、パイロット設計までをさらに詳しく扱うコースとしてAI導入、何から始める?があります。組織のAI方針を土台に、もう一段具体的な導入計画を立てたいときはそちらに進んでください。
下書きができたら、次にやることは完成させることではなく、実際に使ってみて直すことです。方針は法律の条文のように一度定めたら動かさないものではなく、現場で使ってみて足りない項目に気づくたびに書き足していくものです。書いた直後の完成度よりも、半年後に「まだ実態に合っているか」を確かめる仕組みのほうが大切だと考えてください。
やってみよう
演習1:6つの要素を自組織に当てはめる
上の6つの要素それぞれについて、自組織(または自分の部署)にすでにある答えと、まだ答えがない項目を仕分けてみましょう。答えがない項目が1つでもあれば、それが次に決めるべきことです。
- 委任力:答えがない項目のうち、まず誰に相談すれば決められそうか
- 記述力:その相談で、何を・どこまで具体的に伝える必要があるか
- 評価力:方針ができたあと、実際に運用できているかを誰がどう確認するか
- 倫理的責任:方針の存在自体を、関係者にどう知らせるか
演習2:使わないと決める場面を書く
6番目の要素(使命との整合)について、「効率的だとしても、うちの組織では使わない」と言えそうな場面を1つ考え、理由とあわせて書いてみましょう。理由が思いつかない場合は、まだその線引きが組織内で共有されていないということです。1人で考えて終わらせず、同僚に見せて「自分ならここは違う」という反応をもらえると、方針はより丈夫になります。
今日のまとめ
3行で振り返ります。
- 組織のAI方針には、使っているツールの把握・任せる仕事の線引き・期待とかけられる手間・品質と見る人・関係者への伝え方・使命との整合の6つを入れる
- 使わないと決める場面をあらかじめ挙げておくことが、効率だけに流されないための歯止めになる
- 立派な規程でなく、一枚のメモから始めてよい
6要素が一枚のメモとしてまとまれば、それはもう組織の共有財産です。担当者が変わっても、次に読む人が同じ場所から判断を始められます。
次のレッスンでは、この方針を土台に、実際に導入を広げていく4つの段階を見ていきます。
セルフチェック
1. 本文で挙げた組織のAI方針の6要素に含まれないものはどれですか。
2. 本文が、6要素のうち抜け落ちやすいと指摘しているのはどれですか。
3. 本文が方針づくりの始め方として勧めているのはどれですか。