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倫理とガバナンス

院内でAIを使う際の組織としての枠組みを作る。倫理委員会との関係、院内AIポリシーの雛形、絶対NGとケースバイケースの仕分け。

倫理とガバナンス

実際の院内AIポリシー設計画面。絶対NG、条件付き許可、相談先を1枚にまとめる。
院内AIポリシーの禁止、条件付き許可、相談先を整理している実画面
ガバナンスは縛るためではなく、迷う時間を減らすために作る。
院内AI利用ポリシーに入れる項目が表示された画面
禁止、許可、相談先を明文化すると、現場の判断コストが下がる。

このレッスンが終わる頃には、

  • 院内AIポリシーの骨格をA4一枚で書けるようになる
  • 「絶対NG」と「運用次第で許容」を仕分けられるようになる
  • 倫理委員会・JCIへの説明に使える語彙を持てるようになる

「使っていいですか」を個人に聞き続けるコストを計算する

AIを使い始めた医師や看護師が、必ずこの問いにぶつかります。

「これ、使ってもいいんですよね?」

上司に聞く。上司も知らない。情報システム部に聞く。判断できる人がいない。最終的に「念のため使わない」という着地になる。

この消耗を繰り返すのは、組織に判断基準がないからです。ポリシーがあれば、問いに答えなくて済む。「ポリシーの範囲内ならやっていい」という一言で済む。

ガバナンスの目的は、縛ることではありません。判断のコストを下げることです。

倫理の論点:「絶対NG」と「ケースバイケース」を分ける

医療AIの倫理は、全部が同じ重さではありません。

状況によらず絶対にやってはいけないことと、設計と運用次第で許容できることを分けて考えます。

絶対NG(状況によらない)

  • 患者識別情報(氏名・生年月日・ID・住所)を外部AIサービスに入力する
  • 診断・治療方針をAI出力のみに基づいて決定する(人間のレビューなし)
  • AIが生成した医学情報を、一次情報の確認なく患者に提供する
  • 臨床研究・治験の結果をAIで改変・捏造する
  • セキュリティポリシーを無視して患者データを含むファイルをアップロードする

これらは、医療法・個人情報保護法・研究倫理の要件から、状況を問わず外れません。

ケースバイケース(設計・運用・承認次第)

  • 匿名化・仮名化した症例データを使った教材作成
  • AIが作成した患者説明文書の使用(医師が内容を確認・修正した場合)
  • AIを使った文献検索・要約(一次情報との照合を前提に)
  • 院内業務の自動化ツール(対象が非臨床業務の場合)
  • AIを使った研修プログラムの開発

「ケースバイケース」は「何でもあり」ではありません。事前の承認フローと記録が必要です。

倫理委員会・治験審査委員会との関係

多くの医療機関では、倫理委員会がAI関連の使用について明示的なルールを持っていません。2026年時点では、まだ追いついていない施設が大半です。

この状況で管理職がすべきことは2つです。

1. 臨床研究に使う場合は必ず事前相談する

AI生成コンテンツを研究に使う、患者データの分析にAIを介在させる、論文執筆にAIを使う。これらは施設によっては倫理委員会への申請が必要になりつつあります。

事後に問題が発覚した場合のリスクは、事前に確認するコストより大きい。

2. 研究以外でも記録を残す

「業務効率化のためにAIを使っている」という事実を記録しておくことは、後のガバナンス審査への備えになります。何を使って、誰が承認して、どんな運用をしているか。ログではなく、方針として文書に残す。

JCI・病院機能評価への耐性

JCI(Joint Commission International)や病院機能評価を受けている施設では、情報管理と教育の記録が求められます。

AI導入について、よく問われるのは以下の点です。

  • スタッフが適切なトレーニングを受けているか
  • 使用に関する方針が文書化されているか
  • インシデント発生時の対応フローがあるか
  • 患者安全への影響評価が行われているか

ポリシー文書とトレーニング記録があれば、多くの設問に答えられます。 「使っているが記録がない」状態は、審査において最も弱い立場です。

院内AIポリシー雛形(A4一枚)

以下をそのまま使っていただいて構いません。施設名・承認者・施行日を入れて、内容を実情に合わせてください。


◯◯病院 生成AI利用ガイドライン(第◯版)

施行日:◯年◯月◯日  承認者:院長 ◯◯◯◯

1. 目的

本ガイドラインは、当院における生成AI(以下「AI」)の業務利用について、安全・適切な活用を促進しつつ、患者安全・個人情報保護・医療倫理を確保することを目的とする。

2. 対象ツール

本ガイドラインが対象とするのは、以下を含む外部AIサービスとする。

  • ChatGPT(OpenAI)
  • Claude(Anthropic)
  • Gemini(Google)
  • その他、外部サーバーにデータを送信するAIサービス全般

院内システムに組み込まれたAI機能については、各システムの利用規約に準じる。

3. 使用可能な用途(例)

  • 公開資料・医学文献の要約・翻訳
  • 患者説明文書の草案作成(医師が内容を確認・修正した上で使用)
  • 院内研修資料・スライドの草案作成
  • 業務手順書・マニュアルの文章補助
  • 統計解析の補助(非個人データ)

4. 使用を禁じる情報(入力禁止)

以下の情報を外部AIサービスに入力することを禁止する。

  • 患者氏名・生年月日・住所・電話番号・メールアドレス
  • 患者ID・保険証番号・マイナンバー
  • 診断名・処方内容・検査結果など診療情報(仮名化・匿名化がされていないもの)
  • 職員の個人情報
  • 院内の機密情報・未公開の経営情報
  • 取引先の機密情報

5. 臨床判断への適用制限

AIの出力を、以下に直接使用することを禁じる。

  • 診断の確定
  • 治療方針の決定
  • 薬剤処方の決定
  • 患者への病状説明(AIが作成した文書を未修正で使用する場合)

AIは補助ツールとして活用し、最終判断は必ず医療従事者が行う。

6. 記録と報告

  • 業務にAIを使用した際は、記録を残すことを推奨する(必須ではない、ただし研究利用の場合は必須)
  • AIの出力を起因とするインシデント・ヒヤリハット発生時は、院内の通常報告フローに沿って報告する

7. 研究・論文への利用

  • AIを使用した研究については、事前に倫理委員会へ相談する
  • 論文・学会発表でのAI使用については、投稿規定に従い明示する

8. 改定

本ガイドラインは技術・法令の変化に合わせて定期的に見直す。現行版はイントラネット内に掲示する。

照会先:◯◯部門 担当:◯◯


ポリシーを作る前に確認する5つの問い

ポリシー作成の前に、この5問に答えると骨格が固まります。

  1. うちの施設で一番リスクが高いシナリオは何か
  2. 現時点で職員は何のAIを、どの目的で使っているか
  3. 情報セキュリティ担当・法務の担当者は誰か
  4. 倫理委員会への事前相談が必要な利用シーンはどれか
  5. 1年後にこのポリシーを見直す担当者を誰にするか

今日のまとめ

ガバナンスの実体は、「何をしてよくて、何をしてはいけないか」を文書にすることです。

完璧なポリシーを一発で作ろうとしなくていい。 まず「入力禁止の情報」と「使ってよい用途」を1枚で決める。それが出発点です。

次回は、個人情報保護の具体的な実務を扱います。PHI・PII・仮名化・匿名化の違いと、現場での運用設計を整理します。


参考

  • 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
  • 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」(最新版)
  • 文部科学省・厚生労働省・経済産業省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」
  • 日本医師会 AIの臨床利用に関する検討委員会(プロジェクト委員会)「AIに関する臨床的課題と生命倫理について」(2026年4月)
  • 医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)「医療・ヘルスケア分野における生成AI利用ガイドライン」(2024年10月初版、2025年7月第2版)