前のレッスンで、続ける条件と止める条件を3行で書きました。その条件を判定日に確かめるには、数字が要ります。ここで計測を入れます。
後付けのイベント設計は、必ず穴が開く
機能を作り終えてから「計測もついでに入れよう」とすると、たいてい失敗します。どの画面で何が起きたかを一番よく覚えているのは、その画面を作った瞬間の自分です。1週間後の自分は、もう覚えていません。
だから計測は、リリース前にまとめて入れる作業ではありません。機能のプルリクエストに、イベント送信のコードを同梱します。ボタンを実装したら、そのボタンのクリックイベントも同じコミットに入れる。この順番を守るだけで、後から穴を探す作業がまるごと消えます。
もう一つ、イベントは増やしすぎないことです。全部のクリックを取ろうとすると、ダッシュボードが情報の山になり、誰も見なくなります。最初に置くのは6個だけです。
手順1: North Starを1本決める
「このプロダクトは機能しているか」を、1つの数字で言えるようにします。売上でも登録者数でもありません。ユーザーが価値を受け取った回数です。
たとえば学習系のプロダクトなら「週あたり、演習セッションを最後まで終えた人数」。情報参照系なら「週あたり、記事を読み終えて次の行動に進んだ回数」。プロダクトの種類によって形は変わりますが、共通しているのは、開いた回数ではなく使い切った回数を数えるという点です。
North Starを複数持つと、優先順位が割れます。1本に絞ってください。
手順2: activationを定義する
計測設計の中で、一番重要な1行です。
activationの定義: 初回◯◯日以内に、△△をN回した
「初めて開いた人が、価値に到達したと言えるのはどの時点か」を、観測できる形で書きます。「なんとなく使ってくれた」ではなく、「初回セッションで演習を1問解いた」のように、数えられる条件にします。
この定義が決まっていないと、次のレッスンで扱う無料枠の設計ができません。無料枠は「活性化に必要な最小回数」から逆算して引くものだからです。ここは推測で埋めず、初期ユーザーの実データで確定させます。最初は仮の数字で走らせて、数週間分のデータが溜まったら見直してください。
手順3: コアイベント6個
命名は object_action の形でスネークケースに統一します。
| イベント | 取る理由 | 主なプロパティ |
|---|---|---|
signup_completed | 入口の量を見る | source, plan |
activation_reached | 価値に到達したか(手順2の定義) | days_since_signup, attempts |
core_action_completed | North Starの構成要素 | action_type, duration_ms, result |
paywall_viewed | 課金導線に到達したか | trigger(枠切れ・機能ロック・自発) |
checkout_started | 意思の表明 | plan, price |
subscribe_completed | 転換 | plan, price, is_annual |
この並びには意味があります。signupからsubscribeまでを1本のファネルとして見ると、どの段階で人が離れているかが分かります。指標を眺めるための表ではなく、離脱点を見つけるための並びです。
加えて、原価ログを別系統で持ちます。input_tokens output_tokens model action user_id を、分析ツールではなく自前のDBかログに記録します。次のレッスンで原価から値をつけるとき、この記録がなければ何も計算できません。分析SaaSにトークン数まで送る必要はありません。
医療プロダクトの追加規律: PHIをイベントに乗せない
minaton・pedia・愛育系のように医療に触れるプロダクトは、ここで1段階、規律が厳しくなります。イベントプロパティに入れてはいけないものがあります。
症状名・疾患名・検査値・服薬内容。記事のスラッグが疾患名を含む場合も同じ扱いで、スラッグをそのまま送らず、IDに変換してから送ります。年齢は実数や生年月日ではなく年代のバケットにします。自由入力テキスト、つまりチャット本文や検索クエリの生の文字列も送りません。施設名と診療科の組み合わせのように、個人と結びつく可能性がある情報も避けます。
送ってよいのは、画面ID・機能ID・カテゴリの大分類・滞在時間・到達フラグです。
なぜここまで厳しくするかというと、分析SaaSの多くは海外サーバーにデータを保存するからです。「患者情報を扱わない」という前提が崩れると、医療機器該当性や3省2ガイドラインの適用外という立て付け自体が揺らぎます。計測の便利さのために、この一線を越えてはいけません。
実装の基準と、置いた後の確認
AMPLの基準実装はminatonです。PostHogでプロダクト分析(ファネル・リテンション・イベント)を取り、GAで流入と検索の見え方を追っています。両方が必須なわけではありません。プロダクト分析が要るならPostHog、集客の可視化だけで足りるならGAだけで十分です。
イベントを置いたら、次の3点を確認するまで「計測を入れた」とは言いません。
- 各イベントが実際に飛んでいるか、本番で1回ずつ自分の手で踏んで確かめる
- signupからsubscribeまでのファネルが1画面で見えるか
- 医療プロダクトなら、送信されるペイロードを実際に開いて、禁止したプロパティが紛れていないか目で見る
いまのAMPLで、計測が揃っているものと空いているもの
同じ会社の中でも、計測の状態はプロダクトごとにばらばらです。
minatonはPostHog・GA・web_vitalsが入った基準実装で、⑪計測まで到達しています。値付けだけが空です。pediaは第三者の分析SDKではなく自社計装(lib/analytics.tsからSupabaseのeventsテーブルへ)で持つ方式を選び、決済ファネルのイベントを追加した段階です。tokyo-speedはPlausibleを使う宣言だけがコードにあり、実際には接続されていません。課金を再開する前に、ここを埋める必要があります。
計測を実装と同時に入れるべきだった、で終わる話ではありません。入れていないことに気づいた時点で、次の機能から入れ始めれば追いつけます。止まっていた時間を悔やむより、次のプルリクエストにイベントを1つ同梱することの方が意味があります。
今日のまとめ
3行で振り返ります。
- North Starを1本、activationを観測できる形で定義してから、コアイベント6個を機能と同じコミットで入れる
- 原価ログは分析ツールと別系統で持ち、医療プロダクトのイベントには症状・検査値・自由入力テキストを乗せない
- 計測は「入れた」で終わりではなく、本番で1回ずつ踏んでファネルとペイロードを目で確かめるまでが工程
次のレッスンでは、この計測とログをもとに、原価の裾から値をつける手順に進みます。
セルフチェック
1. 計測を実装と同時に入れるべき理由として、最も適切なものはどれですか
2. activationの定義として適切なものはどれですか
3. 医療プロダクトのイベントプロパティに含めてよいものはどれですか