前回のレッスンで、このコースは「新しく入ったメンバーのためのオンボーディングガイドを作る」という題材を通して進めると決めました。今回から、4つの力を1つずつ深く見ていきます。最初は委任力です。
委任力は、AIに何かを頼む前段にある力です。AIを開いてプロンプトを打ち始める前に、そもそも何を自分がやり、何をAIに任せるかを決める判断そのものを指します。ここでつまずくと、あとの記述力や評価力をどれだけ磨いても、任せる場所を間違え続けることになります。
委任力の3つの要素
委任力は、さらに3つの要素に分けられます。
委任力の3要素
問題認識
AIを関わらせる前に、自分の目標・何をもって完成とするか・必要な作業を自分の中ではっきりさせる
プラットフォーム認識
使えるAIそれぞれの得意・不得意を、実際に使いながら知っておく。1つの万能なAIを探すことではない
タスク委任
自動化・拡張・自律のどれで進めるか、仕事のどの部分を人が持ち、どの部分をAIに渡すかを決める
3つの中でも土台になるのは問題認識です。AIへの委任がうまい人は、まず自分の仕事の専門家であり、そのうえでAIへの委任者である、という順序を覚えておいてください。
問題認識:完成の定義を先に決める
オンボーディングガイドの場合、「新しく入った人向けの案内資料を作る」というだけでは、まだ問題認識ができていません。読み終えた新人が資料だけを頼りに最初の1週間を乗り切れる状態を目指すのか、それとも上司への口頭説明を補う程度の資料でよいのかで、必要な情報も分量もまったく変わります。
先に自分の中で「何ができていれば完成と言えるか」を言葉にしておくと、AIに何を頼むときも軸がぶれません。逆に、ここが曖昧なままAIに下書きを頼むと、AIは読み手も分量も推測するしかなく、当たり障りのない一般論の資料が返ってきます。問題認識は、AIを開く前に済ませておく仕事です。
プラットフォーム認識:使えるAIの向き不向きを知る
プラットフォーム認識は、唯一完璧なAIを探すことではありません。手元で使えるAIそれぞれに、得意・不得意の傾向があると知っておくことです。オンボーディングガイドで言えば、長い業務フロー表を要約して構成案にまとめる作業は多くのAIが得意ですが、その部署に固有の暗黙のルール(「経費精算は月末の3営業日前までに」といった、資料化されていない習慣)はどのAIも知りません。
同じ依頼を複数のAIに投げて、返ってくる構成案の違いを見比べてみるのも、プラットフォーム認識を鍛える手っ取り早い方法です。得意・不得意は使ってみないと分からないので、実際に試すことそのものがプラットフォーム認識の実践になります。
タスク委任:どこまでを人が、どこからをAIが担うか
問題認識とプラットフォーム認識ができたら、実際の役割分担を決めます。オンボーディングガイドであれば、構成の組み立てや文章の読みやすさの調整は自動化に近い形でAIに任せ、「この説明の順番でよいか」といった判断が絡む部分は拡張として一緒に考える、という混ぜ方になります。部署固有のルールや実際の運用手順そのものは、最後まで人が事実として渡す側に残ります。前回見た自動化・拡張・自律は、ここで初めて実際の作業に割り当てられます。
「できるか」でなく「任せるべきか」
委任の判断でつまずきやすいのは、基準を取り違えることです。
オンボーディングガイドの全文を、どう任せるか
AIは文章を書く力があるので、ガイドの全文を一気に生成させる。結果として、部署独自のルールや、実際の運用とは違う手順がもっともらしく書き込まれてしまう。
「書けるかどうか」だけを基準にすると、AIが知らないはずの社内固有の情報まで、それらしく埋めてくることに気づきにくくなります。
文章を生成する力があっても、部署固有のルールや実際の運用手順はAIが知らない情報だと先に認識する。そのうえで、構成案・言い回しの整理・読みやすさの改善はAIに任せ、固有のルールや手順の事実そのものは自分が材料として渡す、と範囲を決める。
「できるか」でなく「任せるべきか」で考えると、AIが知らない情報を埋めさせてしまう事故を防げます。
タスク委任の判断基準は「AIはこれができるか」ではなく、**「AIはこれをすべきか」**です。AIの文章力が高いほど、この基準を忘れやすくなります。
委任の計画を立てる
問題認識ができたら、それをAIとの対話の中で言葉にしてみます。1人で紙に書き出すよりも、AIに聞かれながら整理するほうが、抜けている部分に気づきやすくなります。
〔オンボーディングガイド〕を作りたいです。
読み手は〔新しく入った◯◯業務の担当者〕、目的は〔毎回口頭で説明している内容を1つにまとめ、同じ質問を減らすこと〕です。
この仕事について、次の3点を一緒に整理してください。
1. 完成したときに、読み手が何をできるようになっていれば成功と言えるか
2. どの部分はあなた(AI)に任せられそうか
3. どの部分は、私が事実として用意しないと進められないかこの対話で大事なのは、AIに委任の判断そのものを丸投げしないことです。3つの問いに対する答えの材料はAIと一緒に整理してよいのですが、最終的にどこまで任せるかを決めるのは自分です。
やってみよう
演習1:問題認識を言葉にする
前回選んだ自分の題材について、次の3点を書き出してください。
- 完成したときの成功の定義(何ができていれば「できた」と言えるか)
- 読み手・使い手は誰か
- 自分にしか用意できない情報は何か
演習2:4つの力の問いに1文ずつ答える
これから先のレッスンで詳しく扱う内容も含めて、今の時点でわかる範囲で答えてみてください。
- 委任力:この仕事のどこは、自分にしかできないか
- 記述力:AIに伝えるとしたら、まだ言葉にできていないことは何か
- 評価力:出来上がったら、最初に何を確かめるか
- 倫理的責任:この資料にAIを使ったことを、誰にどう伝える必要があるか
今日のまとめ
3行で振り返ります。
- 委任力は問題認識・プラットフォーム認識・タスク委任の3要素からなる、AIに触れる前段の判断
- 基準は「AIはこれができるか」ではなく「AIはこれをすべきか」
- 委任の計画は、AIと対話しながら整理してよいが、最終的な線引きは自分で決める
次のレッスンでは、決めた委任の範囲をもとに、記述力でAIにどう伝えるかを見ていきます。
セルフチェック
1. 委任力の3要素の組み合わせとして正しいものはどれですか。
2. 本文で説明した、タスク委任の判断基準として正しいものはどれですか。
3. 委任の計画をAIと一緒に立てるとき、本文が注意点として挙げているのはどれですか。