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第19回:私たちは、本当に「同じ世界」を見ているのか?—色覚多様性という現実

あなたが見ている「赤」と、隣に座っている人が見ている「赤」は、本当に同じだろうか。哲学的な思考実験のように聞こえるかもしれないが、これは現実的で、科学的に検証可能な問いだ。

隣の人が見ている「赤」は、あなたの「赤」と同じか

人間の色覚には「多様性」がある。僕たちが「見ることのできる色」そのものが、人によって異なる。

色覚の仕組み:3つの錐体細胞が創り出す色の世界

僕たちの眼の網膜には、「錐体細胞」と呼ばれる色を感知する細胞がある。一般的な色覚を持つ人の場合、錐体細胞には3種類ある。

  • L錐体(長波長):赤い光に最も強く反応する
  • M錐体(中波長):緑の光に最も強く反応する
  • S錐体(短波長):青い光に最も強く反応する

脳は、この3つの錐体細胞からの信号の「組み合わせ」を解析することで、約1680万色を識別する。L錐体とM錐体の両方が強く反応すれば「黄色」、L錐体だけが強く反応すれば「赤」、M錐体とS錐体が反応すれば「シアン」。

しかし、すべての人がこの3つの錐体細胞を同じように持っているわけではない。遺伝的な要因により、一部の人々は錐体細胞の種類や機能に違いがある。これが「色覚多様性」、かつて「色覚異常」と呼ばれていた現象だ。

色覚の多様性:「正常」vs「異常」ではなく、多様な「見え方」

色覚多様性は、大きく3つのタイプに分類される。

タイプ錐体細胞人口割合識別色数
3色型色覚(一般色覚)L・M・Sすべて正常約90%約1680万色
2色型色覚1つが欠損・機能不全約5〜10%(主に男性)約1万色
1色型色覚1種類のみ、または全て不全極めて稀明暗のみ

2色型色覚はさらに、どの錐体細胞が欠けているかによって3つのサブタイプに分かれる。

  • 1型2色覚(L錐体欠損):赤の識別が困難。赤とオレンジの区別がつきにくい。
  • 2型2色覚(M錐体欠損):緑の識別が困難。緑と茶色の区別がつきにくい。
  • 3型2色覚(S錐体欠損):青の識別が困難。非常に稀。

重要なのは、これらが「正常」対「異常」という二項対立ではなく、多様な「見え方」のバリエーションだということだ。2色型色覚の人々は3色型色覚の人々とは異なる色の世界を見ている。それは「劣った」世界ではなく、「異なる」世界だ。

同じ風景、異なる色:色覚多様性がもたらす世界

色覚多様性を持つ人々は、実際にどのような世界を見ているのか。

1型2色覚(赤の識別が困難)。赤いリンゴは茶色っぽく暗く見える。オレンジ色の夕日は黄色っぽく見える。緑の木々はやや黄色がかって見える。

2型2色覚(緑の識別が困難)。緑の木々は茶色っぽく見える。赤いリンゴは比較的よく見えるが、緑の葉との区別が難しい。オレンジ色の夕日はピンクがかって見える。

これらはあくまでシミュレーションで、実際の見え方は個人差がある。しかし重要なのは、同じ物理的な光景を見ていても、僕たちの脳が創り出す「色の世界」は人によって全く異なる、という事実だ。

まとめ:「見る」とは、多様性を認めることである

「見る」という行為は、普遍的で客観的なプロセスではなく、個々人の生物学的な条件に依存した主観的なプロセスだ。

僕たちはしばしば、自分が見ている世界を「唯一の正しい世界」と思い込む。しかし色覚多様性の存在は、その思い込みを根底から覆す。隣に座っている人は、あなたとは全く異なる色の世界を見ている。どちらの世界も「正しい」。

知覚訓練とは、この多様性を認識し、尊重する訓練でもある。「なぜこの人は、この色をこのように見ているのか」と問いかけ、自分とは異なる知覚の可能性に想像力を働かせる。世界は一つの「客観的な真実」ではなく、無数の「主観的な解釈」の重なり合いだ。その多様性こそが、世界を豊かにしている。

この章のポイント

  • 網膜の3種類の錐体細胞の組み合わせで約1680万色を識別している
  • 色覚多様性は「異常」ではなく多様な見え方のバリエーション。人口の5〜10%が2色型
  • 同じ物理的光景でも、脳が創り出す色の世界は人によって全く異なる
  • 知覚訓練は多様性を認め、自分とは異なる知覚の可能性に想像力を働かせる訓練でもある

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