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第67回:子どもの「なぜ?」を育む—アートが拓くSTEAM教育の可能性

視点を「教育」、特に「子どもの教育」へと移す。AIが社会のあらゆる場面に浸透し、知識の暗記や計算といった能力の価値が相対的に低下する未来において、子どもたちに本当に必要な力は何か。自ら問いを立て、探求し、創造する力だ。 近年、この能力を育むための教育手法として「STEAM教育」が世界的に注目されている。

STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の5つの領域を統合的に学ぶ教育アプローチだ。特筆すべきは、従来の「STEM教育」に「Art(芸術)」が加えられた点だ。なぜ科学技術教育の中にアートが必要なのか。アートが、他の4つの領域の知識を有機的に結びつけ、イノベーションを生み出すための「触媒」として機能するからだ。

アートは「問い」のエンジンである

科学技術の発展の歴史を振り返ると、その多くが誰かの「なぜ」という素朴な好奇心や、「こうだったら面白いのに」という空想から始まっている。ニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を着想したように、偉大な発見や発明は、世界に対する鋭い「観察」と、そこから生まれる根源的な「問い」から生まれる。

アート鑑賞は、まさにこの「問いを立てる力」を育むための最高のトレーニングだ。子どもたちが理解不能に見える現代アートの前に立ったとき、彼らの頭の中には「これ、なに」「どうしてこうなってるの」「これがアートなの」といったたくさんの「?」が浮かぶ。

アートは、子どもたちに「答え」を与えるのではなく、「問い」をプレゼントしてくれる。

この「問い」を起点に、子どもたちは自分なりの答えを見つけるための探求の旅を始める。「この作品が作られた時代はどんな時代だったんだろう(科学・歴史)」「この形を作るにはどんな技術が使われているんだろう(技術・工学)」「この色の組み合わせにはどんな法則があるんだろう(数学・美学)」。アートという一つのハブから、STEAMの各領域へと知的な冒険が自然に展開していく。

「つくる」ことで学ぶ

STEAM教育におけるアートの役割は、鑑賞だけにとどまらない。その本領は「つくる(創作活動)」ことによって発揮される。

「光」をテーマに探求学習をする。科学の授業では光の屈折や反射を学び、技術の授業ではLEDやセンサーについて学ぶ。しかし、それらの知識はしばしば断片的なままだ。ここでアートの出番だ。子どもたちが、学んだ知識を総動員して「光る彫刻」や「影絵の劇」といったアート作品を「つくる」とき、彼らは初めて、それらの知識が現実の世界でどのように結びつき、機能するのかを身体を通して理解する。

うまくいかなければ試行錯誤が始まる。「もっと光を集中させるにはどうすればいい(科学・工学)」「センサーをプログラムして、人が近づいたら光り方を変えられないか(技術)」「どんな形や色が人の心を動かすだろうか(芸術)」。この「つくる」プロセスの中で、子どもたちは知識を応用し、問題を解決し、他者と協働し、何よりも「学ぶことの楽しさ」を実感する。

飛躍(洞察):小児医療における「プレパレーション」

「アートを通じた学び」のアプローチは、小児医療の現場で、子どもたちが検査や治療への不安を乗り越えるのを助ける「プレパレーション」という実践と深く響き合う。

プレパレーションとは、子どもたちがこれから受ける医療行為について、事前に、彼らの発達段階に合った方法で説明し、心の準備を促すための専門的な関わりだ。その際、単に言葉で説明するだけでなく、人形や絵本、「お絵かき」や「粘土遊び」といったアート活動が極めて重要な役割を果たす。

注射を怖がる子どもに対して、注射器の絵を描いてもらったり、粘土で注射器を作ってもらったりする。その「つくる」プロセスを通じて、子どもは注射器という未知の対象を、自分の手でコントロールできる理解可能なものとして捉え直す。人形を使った「ごっこ遊び」の中で、自分がこれから体験することをシミュレーションすることで、漠然とした不安は具体的な対処可能な課題へと変わっていく。アート活動が、子どもたちに「理解」と「自己効力感」をもたらし、困難な状況を乗り越える力を与える素晴らしい実例だ。

まとめ

鑑賞を通じて「問い」を発見し、創作を通じて「知識」を統合するプロセスは、これからの時代に求められる創造的な問題解決能力を育む。このアプローチは、小児医療の現場で、子どもたちが不安を乗り越え、主体的に治療に参加するのを助ける「プレパレーション」の実践とも、その根本的な思想において深く通じ合っている。

この章のポイント

  • STEAM教育の「A」はSTEMの触媒であり、分断された知識を結びつけるハブとして機能する
  • アートは答えでなく「問い」をプレゼントし、子どもの探求をすべての領域へ波及させる
  • 「つくる」プロセスは断片的な知識を統合し、身体を通した深い理解へと変える
  • プレパレーションは、アート活動で子どもに理解と自己効力感を与える小児医療の実践である