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第36回:虹は何色に見えるか?—文化が「色の見え方」まで変える

「虹は何色に見えますか?」

「当たり前」を疑う

「何を当たり前のことを。7色に決まっているじゃないか」、そう思う人がほとんどだろう。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。僕たちは、子どもの頃からそう教わってきた。しかし、その「7色」という常識は、科学的な事実というより、ある文化的な「物語」の産物だ。

虹の色という、僕たちの最も基本的な知覚体験の一つでさえ、いかに文化によって深く色付けられているのかを解き明かしていく。

「7色」はニュートンが「決めた」

虹が7色であるという考え方を世界に広めたのは、万有引力の法則で知られる物理学者、アイザック・ニュートンだ。彼は、プリズムを使って太陽光が様々な色の光に分かれること(スペクトル)を発見した。光のスペクトルは、本来、明確な境界なく連続的に色が変化している。そこに「7つの色」が存在するわけではない。

なぜニュートンは「7」という数字を選んだのか。その背景には、彼が生きた17世紀ヨーロッパの文化があった。当時の西洋では、「7」は、音楽の音階(ドレミファソラシ)や一週間の日数など、宇宙の調和を象徴する神聖な数字と考えられていた。ニュートンは、自然界の秩序と神の創造した世界の調和を信じており、光のスペクトルにも、この「7」という魔法の数字が隠されているはずだと考えた。

虹の7色は、物理的な発見であると同時に、文化的な解釈の産物だった。

文化によって変わる虹の色

世界を見渡せば、虹の色の数は決して「7」で統一されていない。文化によっては、虹を2色、3色、あるいは5色と捉える人々がいる。アフリカのある部族は、虹を「暗い色」と「明るい色」の2色で表現する。これは、彼らの言語に、僕たちの言う「赤」や「青」といった細かい色の名前が存在しないためだ。

日本でも、古くは虹を5色や6色と捉えるのが一般的だった。明治時代に西洋の科学知識が入ってきて初めて、「7色」という考え方が定着した。これは、僕たちが世界を「見る」とき、物理的な光そのものを見ているのではなく、自らの文化が持つ「色のカテゴリー」というフィルターを通して見ていることを、雄弁に物語っている。

この考え方は、言語学における「サピア=ウォーフの仮説」とも通じる。この仮説は、「言語が思考を規定する」というもので、僕たちが話す言語の構造や語彙が、僕たちの世界認識の仕方に影響を与える、と主張する。色の名前を知っているから、その色が見えるようになる、というわけだ。

「青信号」はなぜ緑色なのか?

文化と色の関係を示す、身近で面白い例が、日本の「青信号」だ。信号の色は、国際的に見ても明らかに「緑色」だが、僕たちはそれを「青信号」と呼ぶ。なぜか?

古代の日本語では、「青(あお)」という言葉が、現在の緑色や、時には灰色までも含む、非常に広い範囲の色を指していた。その名残が、「青リンゴ」「青々とした木々」といった言葉の中に今でも残っている。僕たちは、物理的には「緑色」の光を見ながらも、文化的な言語習慣によって、それを「あお」というカテゴリーで認識している。僕たちの知覚が、いかに言語というOSに縛られているかを示す、格好の証拠だ。

まとめ:患者の「言葉」の背景を読む

虹の色が文化によって異なるという事実は、臨床医である僕に、日々向き合っている患者の「言葉」の重みについて、改めて考えさせる。

患者が訴える「痛み」を例に取ろう。「ズキズキする」「ジンジンする」「チクチクする」。これらの言葉は、患者が自らの身体感覚という、本来は連続的で名付けようのない体験を、自らの言語と文化が持つカテゴリーに当てはめて表現したものだ。

僕たちは、その言葉を額面通りに受け取るだけでは不十分だ。なぜ、この患者は、この言葉を選んだのか。その背景には、どのような生活文化や個人的な経験があるのか。「青信号」の例のように、患者が使う言葉と、その言葉が指し示す実際の感覚との間には、文化的な「ズレ」が存在する。

優れた臨床医は、患者の言葉そのものだけでなく、その言葉が発せられるまでの、文化的なフィルターや個人的な物語にまで想像力を及ばせる。虹の色が文化によって異なることを知るように、人間の体験の多様性と相対性を理解することから始まる。

アート鑑賞は、こうした「当たり前」の知覚を疑い、多様な「見方」の存在に気づかせてくれる。他者のユニークな体験世界を尊重し、より深く理解するための、最高の訓練だ。

この章のポイント

  • 虹の「7色」はニュートンが宇宙の調和を象徴する神聖な数字「7」から導いた文化的産物
  • 文化によって虹の色数は2・3・5・6色と異なり、日本も明治以降「7色」が定着した
  • 「青信号」が緑色なのに青と呼ばれるように、言語が知覚のカテゴリーを規定する
  • 患者の「痛み」の言葉も文化的フィルター越しの表現。言葉の背景まで想像することが臨床の要

ハッシュタグ #虹の色 #文化と知覚 #サピアウォーフの仮説 #青信号 #アートと科学 #知覚訓練 #連載