一つ、正直な話をしておく。会社員人生を送っていると、不条理に怒られる場面は意外とある。生産性のある指導ならいい。学びがあるからだ。でも、感情的にただぶつけられるだけの瞬間。上司の機嫌が悪いだけの八つ当たり。誰かがやらかした責任の擦り付け合い。そういうとき、アンガーマネジメントのテクニックを使っても、正直、完全には消えない。この尾を引く感覚を、筋トレは変える。
「この人には、いざとなれば負けない」という感覚
筋トレを1年続けると、ある感覚が身についてくる。
「いざとなれば、この人には負けない」。という感覚だ。
別に、暴力を振るうわけじゃない(笑)。何かあっても、腕力でねじ伏せたいわけでもない。僕はそういうタイプじゃない。子どもたちを診る小児科医だ。
でも、この感覚があるだけで、目の前の相手からの言葉が相対化される。
相手が怒鳴っている。でも、体の芯の部分で「この人、僕よりデッドリフトは軽いだろうな」という感覚がある。それが、不思議と心を落ち着かせる。相手の言葉が、ぐっと軽くなる。
これは、男性的な「腕力」の話だけではない。自分の体をコントロールできているという実感が、心理的な強さにつながるという話だ。週に何度も自分を追い込み、限界を超え、成長を実感している人は、言葉で攻撃されても、揺らぎにくい。
「私は昨日より強くなっている」という事実が、他者からの攻撃を、相対化してくれる。
体力という「最後の保険」
これを、もう少し構造的に言い直してみる。
現代社会で、私たちはいろいろな「保険」を持っている。
| 保険 | 揺らぐ原因 |
|---|---|
| お金 | 経済の崩壊 |
| キャリア | 会社の倒産・業界の変化 |
| 人脈 | 人間関係の破綻 |
| 家族・住まい | 生活環境の変化 |
| 体力 | 加齢(遅く・予測可能・自分で管理可能) |
どれも大事だ。でも、どれも外部条件で揺らぐ。
でも、体力は、揺らがない。いや、正確には、体力も加齢で揺らぐ。でも、それは他のどの保険よりも遅く、予測可能な形で揺らぐ。しかも、自分で管理できる。
「いざとなれば、自分の体だけで食べていける」。という感覚。それは、現代社会に対する、最も根源的なセーフティネットだ。
動物に戻れる身体がある。動ける身体がある。眠れる身体がある。食べられる身体がある。それがあれば、最悪、なんとかなる。この感覚が、日常のあらゆる判断を落ち着いたものにする。
充実した体験の三条件
ポジティブ心理学の領域では、「充実した体験」について研究されている。それには、三つの条件がある。
- 長い時間と努力。簡単には手に入らないこと
- 他人に影響を与えること。自分の中だけで閉じないこと
- 物語として語れること。始まり、試練、成長、達成の構造があること
筋トレは、この三条件を全部満たす。
長い時間と努力。筋肉は一夜にしてつかない。年単位の継続が必要だ。
他人への影響。健康習慣は伝染する。Aral らの2017年の研究では、友人が走ると自分も走ることが確認されている[21]。あなたが動き始めると、隣の人も動き始める。
物語。「9年前、僕は50kgしか挙げられなかった。いまは100kg挙がる」。これは立派な物語だ。そしてこの物語は、外部から奪われない。
「自分への信頼」という資産
筋トレを続けていると、お金や地位では得られない資産が育ってくる。
それは、自分への信頼だ。
「僕は、決めたことを続けられる」「僕は、きつい状況でも踏ん張れる」「僕は、昨日より1mm成長できる」。こういう、自分で自分を信じられる感覚。これが、生きる上での静かな自信の源になる。
外から見ると、それは「余裕」に見える。「あの人、なんだか落ち着いているな」「何が起きても動じないな」。と。
その余裕の正体は、実は、毎朝のバーベルの重さの中にある。
結論。戦わなくていいための感覚
いざとなれば、負けない。
この感覚は、戦うための感覚じゃない。戦わなくていいための感覚だ。
「負けない」と知っていれば、戦う必要がない。「大丈夫だ」と知っていれば、焦る必要がない。「戻る場所がある」と知っていれば、踏み外すことがない。
鍛えることは、心の余裕を買うことだ。
次の章では、筋肉が現代の記号になっているという話をする。ユニクロで十分になる体、というテーマだ。
この章のポイント
- 筋トレを1年続けると「いざとなれば負けない」という感覚が身につき、他者の言葉が相対化される
- 体力は、お金・キャリア・人脈のどれよりも遅く、予測可能な形で揺らぐ。最も根源的なセーフティネット
- 筋トレは「充実した体験の三条件」(長い努力・他者への影響・物語)を全部満たす。そして物語は外部から奪われない
- 鍛えることは、戦うためではなく、戦わなくていいための感覚を手に入れること。心の余裕を買う行為