外資系企業の役員が、3万円のTシャツを着ている。スタートアップ経営者が、50万円のスーツで登壇している。アイドルが、百貨店の外商のブランドバッグを持っている。高級時計、レザーシューズ、カフスボタン。それらは、一つの言語である。「私はこういう階層の人間です」と、言葉を使わずに伝える記号。でも、筋肉には、もっと強い言語機能がある。
筋肉は、現代の記号である
ハリウッドセレブを見て、私たちは「かっこいい」と思う。ロバート・ダウニー・ジュニア。クリス・エヴァンス。ヒュー・ジャックマン。ザ・ロック。
あれは結局、筋肉が現代の記号として機能しているからだ。
「あの人は自己管理ができている」「あの人は時間を投資してきた」「あの人は意志の力がある」。筋肉は、その人の過去10年分の生活を一瞬で言語化する。
ブランドバッグは、一晩のカード決済で買える。でも、筋肉は、1年単位の生活様式の結晶だ。買えない。だからこそ、記号として強い。
ユニクロで十分になる
ここで、面白いことが起きる。
筋肉がある人は、ユニクロで十分になる。
同じ白いTシャツでも、鍛えた体の上にあると、そのTシャツの見え方が変わる。生地の落ち方が変わる。袖の余白が変わる。立ち姿が変わる。
つまり、外付けの記号(ブランド服)で自分を装飾する必要がなくなる。自分自身が、記号になるからだ。
これは、現代の経済合理性から見ても、興味深い逆説である。
3万円のTシャツを毎月買う人は、年間36万円を服に使う。10年で360万円。その360万円の一部。たとえば10%。をジムに投資していれば、今頃、別人の体になっている。しかも、服は3年で型遅れになるが、筋肉は続ける限り残る。
「デカければいい」「絞れてればいい」は幻想
ただし、誤解しないでほしい。この本は「ムキムキになれ」と言っているわけじゃない。
ボディビルダー的な価値観を押し付ける必要はない。自分の体という「彫刻」を、人生を通してどう形づけるかは自由だ。
細身でもいい。中肉中背でもいい。どっしりしていてもいい。大切なのは、「自分の身体をコントロールできている」という事実であって、見た目の完璧さではない。
見た目としての筋肉は、あくまで記号論・コミュニケーションツールだ。それが健康につながるかどうかは、別問題でもある。
生物学的な魅力(エロス)
それでも、あえて言う。
結局のところ、筋肉があったほうが、かっこいい。
これは文化を超えた、万国共通の話だ[34]。Sellらの研究では、男性の上半身の筋力と女性からの魅力評価に、有意な正の相関があることが示されている。
進化論的に見れば、筋肉は生存能力・保護能力の証だ。理屈抜きで「強そう」「頼れそう」という印象を与える。ファッションは文化によって変わるが、筋肉への魅力は普遍だ。
人間も動物である。本能的な部分は、否定できない。
年齢に関係なく、進化できる
もう一つ、筋トレの強みを書いておく。
多くの分野は「若さ」が有利だ。スポーツ、記憶力、反応速度、柔軟性、新しい技術の習得。どれも、若い人のほうが得をする。
でも、筋トレだけは違う[41]。
何歳からでも成長できる。
僕自身が9年間クロスフィットを続けてきた。40代のいまが、人生で一番動ける体になっている。ジムには、50代半ばから始めて、数年で9年選手と同じメニューをこなすようになった人もいる。
AI時代に「若者有利」「先行者有利」の構造が崩れていく中で、身体も同じだ。「今からでも間に合う」という希望を与えてくれる、数少ない領域である。
結論。他人の記号ではなく、自分自身の記号になる
ユニクロで十分になる体。
それは、ブランドの外側に出るための、最もシンプルな道だ。
服を買うお金で、自分を買う。他人の記号ではなく、自分自身の記号になる。年齢が何歳でも、今日から始められる。そして、続けた分だけ、確実に自分のものになる。
次の章では、朝のジムに未来がある、という話をする。なぜ、ホテルの朝のジムに日本人はいないのか。
この章のポイント
- 筋肉は現代の記号。ブランドバッグは一晩で買えるが、筋肉は1年単位の生活様式の結晶
- 鍛えた体の上ではユニクロのTシャツが生地の落ち方から変わる。外付けの記号が不要になる
- 筋肉への魅力は文化を超えた万国共通(Sell 2017)。ファッションは変わるが、筋肉の訴求は普遍
- 筋トレは「何歳からでも成長できる」数少ない領域。AI時代の先行者有利の構造崩壊とも相性がいい