この本は、ある一冊の本のために書かれた。30週間にわたってひとりの小児科医がnoteに書き続けた未加工の30本を、書かれた順番のまま、本として読めるようにしたものだ。整えた『AIに勝つな、人間になれ。』の手前にある、書きながら覚悟が形成されていく過程そのものを残してある。
一冊目の手前にあるもの
その本のタイトルは『AIに勝つな、人間になれ。』という。すでに読まれた方もいるかもしれない。読んでいなくてもいい。その本の話は、ここではしない。
この本で扱うのは、その一冊が生まれる前に、ひとりの小児科医が30週間にわたってnoteに書き続けた、30本の文章だ。
出版にあたっては、本来ならその30本を整え、順序を組み替え、重複を削り、冗長を落とし、まえがきとあとがきを添えて、一冊の本として読める形に「仕立てる」ことになる。そして実際にやった。その成果物が『AIに勝つな、人間になれ。』だ。
この本は、その手前にある。
ひとつの問いを抱えて毎週noteを更新し続けた30週間。その間に僕の身体を通過していった未加工の30本。それを、書かれた順番のまま、本として読めるようにしたのがこの本だ。
粗さを、あえて残した
正直に書く。この本は「本」として読むと、粗い。
同じ比喩が繰り返される。同じエピソードが角度を変えて三度出てくる。思考が後戻りする章もある。前の章で言い切ったはずのことが、次の章で慎重に言い直される。
普通の本は、そういう粗さを削って仕上がる。僕はそれを、あえて残した。
30週間のあいだに、ひとりの書き手が何に動揺し、何に迷い、どこでつまずき、どの角度で同じ問いに戻ってきたのか。その「往復運動」そのものが、この本の主題だからだ。
一貫した結論を持った人間が理路整然と書いた原稿には、覚悟は宿らない。書きながら覚悟が形成されていく過程の方にこそ、覚悟は宿る。
この本は、その過程を残した。
削られた7本が戻っている
一冊目との違いをもうひとつ。
『AIに勝つな、人間になれ。』は23章にまで削られている。刀のような切れ味を得るために、7本の文章が落とされた。
この本には、その7本が戻っている。
| 本 | 章数 | 立ち位置 |
|---|---|---|
| 『AIに勝つな、人間になれ。』 | 23章 | 刀のような切れ味に整えた完成形 |
| 本書 | 30章 | 書かれた順のまま、削った7本も戻した過程の記録 |
本文に収まらなかった章。書きながら迷いすぎて編集段階で切られた章。結論を出せずに終わった章。他の章と主題が重なるために削られた章。
それらは「本」としては要らない章だったかもしれない。しかし「問いの過程」としては、欠かせない章だった。
だから戻した。
読者に要求すること
読者に要求することがひとつある。
この本は、情報を得るために読む本ではない。AIについての知識はこの本からは得られない。AIの使い方も書いていない。AIが人類を救うか滅ぼすかについての意見表明もない。
この本は、ひとつの問いを30回繰り返して書いた記録だ。
その問いとは、こうだ。
AIが限りなく賢くなっていく世界で、有限の身体を持つ存在であることに、まだ意味はあるのか。
この問いを、自分の問いとして引き受けてくれる読者にだけ、この本を渡したい。他人事として読める本ではない。
答えはない、ただ筋肉だけが残った
最後に、書き手として一つ告白する。
僕は、答えを持っていない。
30回書いても答えは出なかった。書き終えた今も、出ていない。
その代わりに、問いを立て続ける筋肉だけは、少し強くなった。
その筋肉を、この本を読む人にも渡したい。
では、最初の問いから始める。
ChatGPTに「死ぬのが怖いですか」と聞いた日のことを。
2026年春 岡本 賢
このまえがきの要点
- 本書は『AIに勝つな、人間になれ。』の手前にある、未加工の30本の記録
- 粗さ・繰り返し・後戻りを削らずに残した。「往復運動」そのものが主題だから
- 23章に削る過程で落とされた7本を戻し、全30章として配列し直してある
- 答えは出ていない。残ったのは「問いを立て続ける筋肉」だけ