2035年、ある医療スタートアップの株主総会。CEOはプレゼンを全てAIに任せた。完璧なデータ、完璧なスライド、完璧な論理構成。声もAIが生成した。聴衆には知らせなかった。プレゼンが終わった後、誰も拍手しなかった。
スライドの質と聴衆の反応は無関係
学会発表もするし、AIセミナーで登壇することもある。
何度かやってみてわかったことがある。スライドの質と、聴衆の反応は、ほぼ無関係だということ。
内容が薄くても、話し手が熱を持っていると、人は前のめりになる。逆に、どれだけ精緻なデータを並べても、話し手の目が死んでいると、誰も聞かなくなる。
これは再現性がある。
言葉の外側にある何か
「メラビアンの法則」という有名な話がある。コミュニケーションの印象は、言語情報7%、声のトーン38%、見た目・表情55%で決まる、というやつだ。
この法則の解釈は色々と議論があるが、一つの真実を指している。
言葉の外側にある何かが、判断を動かしている。
| 言葉の外で漏れる情報 |
|---|
| 声の震え |
| 間の取り方 |
| 演台を握る手の力加減 |
| 額の汗 |
| 笑顔の不自然さ |
| 目線が泳ぐタイミング |
聴衆はそれを読んでいる。意識的にではなく、本能的に。
「この人はこのことを本当に信じているのか」「この人はここで何かを隠しているのか」
身体が情報を漏らす。
信じていないことは伝わる
あるドクターのプレゼンを聞いた。
内容は完璧だった。エビデンスも揃っていた。スライドも見やすかった。でも、何かが届かなかった。聴衆の体がどこか固いままだった。
その後の懇親会で、そのドクターに聞いた。「実はこの研究、思っていた結果が出なくて、自分でも半信半疑なんです」
そういうことか、と思った。
発表者が信じていないことは、伝わる。 言語化されなくても、伝わる。
逆を言えば、話し手が本当に信じていることは、データが不完全でも伝わる。
AIはここで完全に詰まる
AIはここで完全に詰まる。
AIにプレゼンをさせることはできる。テキストを読み上げさせることもできる。声のトーンも制御できる。表情を持つアバターも作れる。
だが、「このことを信じている」という身体的な確信を、AIは持てない。
AIは「信じている」という状態にない。信じるとか疑うとかいう内的状態そのものがない。だから、それを身体から滲み出させることができない。
聴衆は、そこを感知する。
本気を感知する能力は退化するか
だとすると、プレゼンにおける人間の優位性は「内容の質」ではない。
「この人が本気で言っている」という確信を、聴衆に与えられるかどうか。
それは、話し手自身が本気かどうかに依存する。
怖いのはここから先だ。
テクノロジーが進化して、AIが「本気に見える」プレゼンを完璧に再現できるようになったとき。
聴衆は騙されるのか。
そして、騙されることに気づかなくなったとき、「本気かどうかを感知する能力」は、退化していくのか。
使われない感覚は鈍くなる。
声の震え、間の取り方、汗。
それは情報だ。最も誠実な情報だ。
この章のポイント
- スライドの質と聴衆の反応は無関係。話し手の熱量が前のめりさを決める
- 身体が情報を漏らす。聴衆は無意識に「信じているか」を感知している
- AIには「信じる」という内的状態がない。だから身体から滲み出させることができない
- AIが本気を完璧に模倣する時代、本気を感知する能力そのものが退化するリスクがある