最終章を書き終えたあと、しばらく何も書けなかった。書きたいことは残っていた。でも、書こうとするたびに、手が止まった。30回分の言葉を出し切ったあとの虚脱と、もう一歩だけ深い場所に下りなければならないのではないかという予感が、同時にあった。しばらく経って、わかったことが一つだけある。この本を書きながら、僕は読者を探していた。答えを渡す相手ではない。問いを一緒に抱えてくれる相手だ。
毎週金曜日の夜、胃が痛かった
30週間のあいだ、毎週金曜日の夜に僕はnoteを更新した。
書く前は恐ろしかった。公開する瞬間には、いつも胃が痛かった。書いた言葉が誤読されることを恐れた。書いた言葉が「小児科医の感傷的なエッセイ」として消費されることを恐れた。書いた言葉が、自分自身の覚悟を追い越していくことを恐れた。
それでも毎週、書いて、公開した。
刀になった本と、原石のままの本
読んだ人が、X(旧Twitter)で感想をくれた。知らない人が、「自分の問いとして受け取った」と書いてくれた。ある医師は、「診察室の立ち方が変わった」と連絡をくれた。ある編集者は、「本にしませんか」と声をかけてくれた。
それで、本になった。
整えて、削って、磨いて、刀のように仕立てた。それが『AIに勝つな、人間になれ。』だ。
でも、刀にする前の鉄の塊を、そのまま読みたいと言ってくれた読者がいた。迷いも後戻りも重複もすべて残した原稿を、原石のまま読みたいと。
それで、この本になった。
この本に書かれたことを、信じなくていい
あなたがここまで読んでくれたなら、感謝を伝えたい。
同時に、この本を閉じたあとに、一つだけお願いしたいことがある。
この本に書かれたことを、信じなくていい。
僕は答えを持っていない。30週間考え続けて、まだ答えは出ていない。これから先も出ないかもしれない。あなたがこの本を読み終えたあとに、「いや、そうじゃない」と思ったなら、その「そうじゃない」の方を信じてほしい。
あなた自身が立てた問いの方が、僕の書いた言葉よりも、ずっと大事だ。
僕は今も怖い
最後に、小さな告白を。
僕は今も怖い。
AIが書く文章が、日に日に上手くなっていくのを知っている。AIが下す診断が、ある領域ではすでに専門医を超えていることを知っている。AIが人間の仕事を代替していく速度が、自分の身体の老いる速度よりずっと速いことを知っている。
それでも書く。怖いから、書く。
書くことでしか、問いは形にならない。書くことでしか、覚悟は鍛えられない。
この本は、その怖さを燃料に30週間走り続けた記録だ。
重荷として背負うのか、エンジンとして使うのか
あなたの中にも、怖さがあるだろう。それを重荷として背負うのか、エンジンとして使うのか。
その選択だけは、AIには代わりに決めてもらえない。
あなたの場所に戻ってほしい
ここで本を閉じる。
外来に戻る。朝5時のクロスフィットに戻る。夜のClaude Codeに戻る。
あなたも、あなたの場所に戻ってほしい。
そして戻った先で、目の前の有限な何かに、もう一度だけ本気になってほしい。
それが、この本を書いた理由のすべてだ。
2026年春 岡本 賢
このあとがきの要点
- この本を書きながら探していたのは「答えを渡す相手」ではなく、「問いを一緒に抱えてくれる相手」
- 『AIに勝つな、人間になれ。』が刀に仕立てた版なら、この本は迷いも後戻りも残した原石のままの版
- この本に書かれたことを信じなくていい。あなた自身が立てた問いの方が、ずっと大事
- 怖さを重荷として背負うのか、エンジンとして使うのか。その選択だけは、AIに代わってもらえない
- 戻った場所で、目の前の有限な何かに、もう一度だけ本気になること。それがこの本を書いた理由