5歳の子が外来に来て、こう言った。「先生、○○ちゃんはAIじゃないの?」その子が指差したのは、診察室のタブレットだった。僕が問診前にAIの記録ツールを開いていたのを見ていた。「○○ちゃんはAIじゃないよ」と答えたら、しばらく考えて言った。「どうして?」僕は答えられなかった。
AIのない世界を知らない世代が来る
今5歳の子どもが20歳になる2040年代、世界はどうなっているかわからない。でも確実なのは、彼らはAIのない世界を知らないまま大人になる、ということだ。
電気のない世界を想像できないように、AIのない世界を想像できない世代が来る。
そのとき、「人間とは何か」という問いは、どんな形をしているのか。
問いの向きが変わっている
ここ数年、外来で子どもたちの質問の種類が変わってきた。
「なんで空は青いの?」という問いが減り、「このAIはなんで答えを知ってるの?」という問いが増えた。
前者は世界への驚き。後者はシステムへの疑問。
どちらが良い悪いではない。でも、問いの向きが変わっている。
「AIのほうが話しやすい」という子どもたち
親御さんとの会話でも変化を感じる。
「子どもがAIと話してばかりで、人と話さなくなった」という相談が増えた。その逆に、「AIのほうが怒らないから、うちの子はAIのほうが話しやすいと言っている」という話も聞く。
AIは感情的にならない。疲れない。「もういい加減にして」と言わない。
子どもにとって、それは「安全な場所」に見える。
だが、「安全な場所」だけで育った人間は、安全でない場所でどう生きるのか。
摩擦なしで育った子どもは、摩擦をどう処理するのか
人間関係の摩擦は、苦しい。
思い通りにならない相手と交渉する。気持ちが伝わらなくて泣く。謝っても許してもらえない。仲直りできると思っていたのに、永遠に終わった関係がある。
その摩擦こそが、人間の社会性を作ってきた。
AIとの関係には摩擦がない。AIは傷つかないし、傷つけない。いつでもリセットできる。ユーザーが不快なら、設定を変えればいい。
摩擦なしで育った子どもは、摩擦をどう処理するのか。
失うものと得るものを、いま考え始める必要がある
ここで僕が懸念しているのは、「AIが悪い」ということではない。
電車が普及したとき、「歩かなくなった人間は脚力を失う」と言われた。それは正しかったが、電車は社会を豊かにした。どちらも本当だ。
AIネイティブ世代が「失うもの」と「得るもの」を、今から考え始める必要がある。
でも、その議論をしている大人が、あまりにも少ない。
あの5歳の子の「どうして?」に、答えを持っているか
あの5歳の子の「どうして?」という問いに、僕はまだ答えを持っていない。
AIと人間の違いを、子どもに説明できるか。
その説明が5歳に伝わるとき、それは本当に本質を捉えているか。
あなたの子どもが「人間とは何か」を考えるとき、あなたはどんな言葉を持っているか。
この章のポイント
- 電気のない世界を想像できないように、AIのない世界を想像できない世代が来る
- 子どもの質問が「なぜ空は青い?」から「AIはなぜ答えを知ってるの?」へ。問いの向きが変わっている
- AIとの関係には摩擦がない。摩擦こそが人間の社会性を作ってきた
- 「安全な場所」だけで育った子どもが、安全でない場所をどう生きるのかが問われる
- AIネイティブ世代の「失うもの」と「得るもの」を議論する大人が、あまりにも少ない