2040年、AIが医師国家試験に合格する。スコアはトップクラス。問題を解く速度も、知識量も、人間の医師を圧倒する。さて、そのAIに初めて患者を診せたとき、患者は何を感じるか。 「痛いんです」と言ったとき、AIは何を感じるか。
「これは本当に痛いんだな」という感覚
夜間救急に、泣きながら母親に連れられてくる子どもがいる。「お腹が痛い」と言う。顔をしかめて、膝を抱えて。
そのとき僕の中に何かが動く。言語化しにくいが、「これは本当に痛いんだな」という感覚だ。
僕は過去に腹痛を経験している。盲腸の手術もした。その記憶が、目の前の子どもの顔と重なる。
これが診療に影響するか。もちろんする。
共感痛は神経レベルで起きている
「共感」という言葉は、よく使われる割に、その正体が曖昧だ。
Singer et al.(2004)のfMRI研究では、パートナーが痛みを受けているのを見ただけで、観察者の前帯状皮質(ACC)。自分自身が痛みを感じるときに活性化する領域。が反応することが示された。
他人が痛がっているのを見て「いたたた」と感じる現象。あれは比喩ではない。脳の痛み関連領域が、実際に活性化している。自分の身体は無傷なのに、神経レベルでは「痛みの共有」が起きている。
そして重要なのは、この共感痛の回路が機能するには、元となる痛みの経験が必要だということだ。一度も痛みを経験したことがない存在は、他者の痛みを神経レベルで共有できない。
処理はできる、感じることはできない
AIは痛みを経験しない。
「痛み」というテキストを処理することはできる。「痛み」という概念を説明することもできる。痛みのスコアリング(VASスケール等)をAIに理解させることもできる。
でも、痛んだことがない。
だから「痛いんです」という訴えに対して、AIが何かを感じることはない。処理はできる。感じることはできない。
この差が、臨床において何を意味するか。
医療は情報処理ではない、半分は
医療は情報処理ではない、という主張をする人がいる。
僕はそれに半分賛成して、半分は留保する。
診断の多くは確かに情報処理だ。症状のパターン認識。検査値の解釈。治療法の選択。これらはAIが得意な領域で、すでに人間の精度を超えているものも多い。
だが患者が医師に求めているのは、診断だけではない。
「先生もこんな痛みを経験したことがあるんですか」と聞いてきた患者がいた。「ありますよ」と答えたとき、患者は明らかに安堵した。診断内容は変わっていない。治療方針も変わっていない。ただ、「あなたの痛みを、僕は少し知っている」という事実だけが変わった。
それで、何かが変わる。
傷ついた経験が感度を高める
医師が若いうちに経験する辛さ。当直の寝不足。失敗したときの後悔。患者が死ぬときの無力感。自分が病気になったときの恐怖。
これらの経験が医師を作る、と昔から言われる。
単なる精神論だと思っていた時期がある。今は違う。これらの経験が、「他者の痛みを神経レベルで共有する能力」を育てる。
傷ついた経験が、他者の傷に気づく感度を高める。
「ふり」と「感じる」の距離
AIが診断精度で人間を超えた世界で、医師の仕事は何に変わるか。
技術的な診断はAIに任せて、「痛みをわかる存在として患者の傍にいる」ことが医師の役割になる。
だが、それは一つの問いを残す。
傷つくことなく、苦しむことなく、失うことなく育った医師に、それができるか。
「感じているふり」と「感じること」の間の距離を、患者は意外と知っている。
この章のポイント
- 共感痛は脳のACCが実際に発火する神経現象。元となる痛みの経験がなければ機能しない
- AIは「痛み」を処理できるが、感じることはできない
- 「先生もこんな痛みを経験したことが?」の問いに「ある」と答えるだけで臨床が変わる
- 傷ついた経験が他者の傷に気づく感度を育てる。患者は「ふり」と「感じること」の距離を知っている