スマートフォンを置いた瞬間、多くの人が「なんか不安」になる。これは比喩ではない。ノモフォビア(nomophobia:no mobile phone phobia)は正式な概念として研究されている。 スマートフォンなしでいることへの恐怖。この状態は、コルチゾールの上昇を伴う。つまり、スマートフォンなしでいることは、生理学的にストレスだ。
数分で世界の解像度が上がる
そして、そのストレスに慣れることが、知覚を取り戻す唯一の道だ。
外来診察の合間、スマートフォンを見ない時間がある。次の患者が来るまでの数分間。以前はその時間でメールを確認していた。試しに、何もしないでみた。
窓の外で鳥が鳴いていた。廊下を歩く人の足音が聞こえた。自分の呼吸に気づいた。
たった数分で、世界の解像度が上がった感覚があった。
注意資源は有限だ
注意資源は有限だ。
認知心理学の基本的な考え方だが、体感として理解している人は少ない。スマートフォンとAIが「常に最適化された情報」を届けてくれる環境では、注意は常に外部に向けられている。
プッシュ通知。おすすめコンテンツ。未読メッセージ。これらはすべて、「今すぐここを見ろ」という信号だ。
その信号に反応し続けると、自分の内側や周囲の環境に注意を向ける能力が低下する。
複数の研究が、スマートフォンの使用制限が認知能力に好影響を与えることを示している。Ward et al.(2017)はスマートフォンがそばにあるだけで認知資源が消費されることを実証した。
「スマホを置いたら頭がクリアになった」という体験を報告する人は少なくない。
スマートフォンを置いた時間は、「何もしていない」のではなかった。脳が静かに動き、情報を統合し、無意識の問題解決を行っていた。
休息が、処理だった。
走っているときに答えが浮かぶ
僕が気づいたのは、走っているときにアイデアが出ることだ。
スマートフォンを持たずに走る。音楽もかけない。ただ走る。すると、困っていた問題の答えが浮かんでくる。論文の構成が突然まとまる。患者への説明の言葉が見つかる。
走りながら考えているわけではない。走りながら、何も考えていない。なのに答えが出る。
脳が勝手に仕事をしているからだ。目的のない思考が、目的のある思考では届かない場所に手を伸ばす。
即時解消が奪う「宙吊りの時間」
AIを使う時間が増えるほど、この「何もしない時間」は減っていく。
AIはいつでも答えを出してくれる。疑問が生まれた瞬間に解消できる。空白の時間が生まれた瞬間に埋めることができる。
でも、疑問が生まれて解消されるまでの「宙吊りの時間」に、人間は深く考える。空白の時間に、潜在的な問題意識が浮かび上がる。
即時解消の文化が、この宙吊りを奪う。
身体のセンサーが再起動する
情報から離れたとき、身体のセンサーが再起動する。
空腹を感じる。体の凝りに気づく。感情の揺れに気づく。周囲の音が聞こえる。人の表情が見える。
これらは常に存在していたのに、情報の洪水に遮られていた。
スマートフォンを置いた1時間は、失っていた知覚を取り戻す時間だ。そしてその知覚が、AIに入力できないデータを収集し続ける。
手放せる人間だけがAIを使いこなせる
逆説がある。
AIを最もうまく使えるのは、AIをいつでも手放せる人間だ。
依存している人間は、AIが出した答えを疑えない。手放せる人間は、「ちょっと待て」と言える。自分の身体が何かを感じているとき、それをAIの出力より優先できる。
スマートフォンを置いた1時間が、その能力を育てる。
でも、その1時間は恐ろしく退屈で、不安で、「もったいない気がする」。
その感覚が正確に、何かを指し示している。
この章のポイント
- スマホを置いた数分間で世界の解像度が上がる。注意資源は有限である
- 「休息」は何もしていないのではなく、脳が情報を統合する処理時間
- 即時解消の文化は、深い思考が育つ「宙吊りの時間」を奪う
- AIをうまく使えるのは、AIをいつでも手放せる人間だけ