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直感は非科学ではない。身体が計算した結果だ

近い将来、AIが医師の直感を「バイアス」として排除しようとする日が来る。「先生の勘は再現性がありません。エビデンスに基づいた判断をお願いします」。そう言われた医師が、数字だけを見て処方を決める。そしてある日、数字は正常なのに、患者は死ぬ。 これは空想ではない。もう始まっている。

検査結果を見る前の「入院」

夜間救急で、ベテランの先生が「この子は入院させる」と即断する場面を何度も見た。検査結果を見る前に、だ。血液検査もまだ戻っていない。画像もとっていない。なのに、「入院」と言う。

理由を聞くと、「なんか変」だという。

そして実際に、その子は入院が必要な状態だった。敗血症の初期だったり、腸重積の前段階だったり。数字が異常を示す前に、ベテランは異常を知っていた。

これを「勘」と呼ぶのは、あまりにも雑だ。

ソマティック・マーカー仮説

ポルトガル系神経科学者のダマシオが、「ソマティック・マーカー仮説」という理論を提唱している。

身体の感覚が、意思決定に関与しているという仮説だ。

彼が研究した患者は、脳の腹内側前頭前野を損傷していた。知的能力はまったく正常だった。記憶力も、論理的思考も、言語能力も。でも彼らは、日常の意思決定ができなくなった。昼食のレストランをどこにするか、30分かけて議論して、決められない。

何が失われたか。身体の反応だ。「これは嫌だ」という内臓の感覚。「これは危ない」という皮膚の緊張。過去の経験が身体に刻み込んだシグナル。それが損傷によって届かなくなった。

感情が消えると、論理だけでは選べなくなる。

ベテランの「なんか変」は計算結果だ

ベテラン医師の「嫌な予感」は、何万回もの診察経験が身体に蓄積した計算結果だ。

表情筋のわずかな強張り。眼球の動き方。声の張り。呼吸のリズム。皮膚の色調。数値化できない無数の情報を、脳と身体が並列処理している。そしてその計算結果が、意識の表面に「なんか変」という感覚として浮かびあがる。

非科学的ではない。言語化できないだけで、処理は行われている。

問題は、この処理を担っているのが身体だということだ。

入力されなかった情報は、存在しないのと同じ

AIは身体を持たない。

皮膚で感じない。腸が反応しない。心拍が上がらない。過去に感じた恐怖や安堵が、判断に滲み出ることもない。

だからAIは、数値化された入力しか処理できない。電子カルテに記録された情報だけが、AIにとっての世界だ。

人間の医師が拾うものAIが拾えるもの
「なんか変」という感覚数値化された入力のみ
「声が弱くなった気がする」電子カルテの記録
「昨日より顔色がいい」データベース内の情報

AIが正確に処理するのは、人間が入力したデータだけだ。入力されなかった情報は、存在しないのと同じになる。

直感を育てる環境ごと消されている

ソマティック・マーカーの精度は、経験とともに高まる。

というより、経験が身体に刻まれることで初めて機能する。何千回も患者の顔を見て、何千回も「大丈夫だった」「大丈夫じゃなかった」というフィードバックを受けて、身体が学習する。

この学習に、ショートカットはない。

AIが医師を補助する時代に、若い医師はどれだけ患者の前に立つだろうか。

診断補助AIが優秀であればあるほど、医師が自分で考える機会は減る。考えなくていいなら、身体も学習しない。

10年後、身体的な経験を持たない医師が、AIの出力を信じて処方する。ソマティック・マーカーを持たない医師が、「なんか変」を感じられないまま。

直感を磨くために必要なのは、「考える」ことではない。

「感じる」こと、そしてそのフィードバックを受け取り続けることだ。

AIは医師の直感を置き換えようとしている。だが実際には、直感を育てる環境ごと消している。

あなたが「なんとなく」感じていることを、最後に言語化しようとしたのはいつだったか。

この章のポイント

  • ベテラン医師の「なんか変」は、何万回の経験が身体に蓄積した並列計算の結果
  • ダマシオのソマティック・マーカー仮説:身体の反応が消えると論理だけでは選べなくなる
  • AIは数値化された入力しか処理できない。入力されなかった情報は存在しないのと同じ
  • AIは直感を置き換えるのではなく、直感を育てる環境ごと消している