酒は人を変えない
飲み会で人格が変わる人がいる。普段おとなしい人が急に饒舌になる。穏やかな人が怒り出す。陽気な人がもっと陽気になる。
酒は人を変えたのか。
違う。酒は増幅しただけだ。
陽気な人の中にある陽気さを大きくした。怒りを抱えていた人の怒りを大きくした。普段は理性のフィルタで抑えていたものが、アルコールという増幅器を通して表に出てきた。それだけのことだ。
酒は何も足さない。あなたの中に既にあるものを、大きくするだけだ。
この構造は、そのままAIに当てはまる。
リード・ホフマンはAIをこう表現した。
It is a huge intelligence amplifier.
(リード・ホフマン、2023年インタビュー)
巨大な知性の増幅器。道具でも魔法でもない。あなたが持っている知性を、大きくする装置。
ホフマンの言葉は正確だ。amplifierという単語を選んだことに意味がある。amplifierは信号を大きくする装置であって、信号を生み出す装置ではない。入力がなければ出力もない。入力がゴミなら出力もゴミだ。
ウォーレン・バフェットは別の角度から同じことを言った。
AI can change everything except how men think and behave.
(ウォーレン・バフェット、2024年バークシャー株主総会)
AIはすべてを変える。ただし、人間の考え方と振る舞いだけは変えられない。
バフェットらしい言い方だ。テクノロジーの可能性を否定しているのではない。テクノロジーが変えられるものと変えられないものの境界線を、正確に引いている。
増幅器は入力を変えない。入力を大きくする。だから、入力そのものの質が、出力のすべてを決める。
これが増幅器の第一原理だ。
私は小児科医として毎日AIを使っている。462本の医療記事を書いた。AIが増幅したのは、10年分の臨床経験だ。鑑別診断の引き出し、保護者への説明の言い回し、ガイドラインの知識。それらを持っていたから、AIが増幅できた。
仮に医学の知識がゼロの人が同じAIを使ったらどうなるか。もっともらしい文章は出る。でも、鑑別の優先順位が間違っていることに気づけない。稀だけど見逃してはいけない疾患が抜けていることに気づけない。増幅する元がないから、増幅のしようがない。
ゼロに何を掛けてもゼロだ。
逆に言えば、1を持っている人にとって、AIは1を100にする装置になる。10を持っている人にとっては、10を1000にする装置になる。
増幅器の出力は、入力に比例する。
酒を飲む前に、自分の中に何があるかを知っておいたほうがいい。AIを使う前に、自分の中に何があるかを知っておいたほうがいい。
増幅器は、あなたの中にあるものしか大きくできない。