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能力の輪

バフェットとマンガーの「能力の輪」。AIは輪の外に出る誘惑を生む。輪の境界を知り、中を深掘りすることが増幅の正しい使い方だ。

能力の輪

ウォーレン・バフェットには、有名な投資原則がある。能力の輪(Circle of Competence)。

The size of that circle is not very important; knowing its boundaries, however, is vital.

(ウォーレン・バフェット、1996年株主への手紙)

輪の大きさは重要ではない。輪の境界を知っていることが、決定的に重要だ。

バフェットはこの原則を徹底した。テクノロジー株を長年避けた。理由は単純で、テクノロジーが自分の能力の輪の外にあったからだ。ITバブルの最中、バフェットは「時代遅れ」と揶揄された。しかしバブルが弾けた後、彼の判断が正しかったことが証明された。

パートナーのチャーリー・マンガーは、もっと直接的だ。

Knowing what you don't know is more useful than being brilliant.

(チャーリー・マンガー)

知らないことを知っていることのほうが、頭が良いことより役に立つ。

この原則は、AI時代にこそ切実になる。

AIは「能力の輪の外に出る誘惑」を生むからだ。

何でもできる気にさせる。医師が法律の助言をし、エンジニアがマーケティング戦略を語り、デザイナーが財務分析をする。AIが回答を生成してくれるから、もっともらしい見た目のアウトプットが出る。

しかし、もっともらしいことと、正しいことは違う。

能力の輪の外で生成されたアウトプットを、正しいかどうか判断する力がない。それが問題だ。判断力は輪の中でしか機能しない。輪の外では、正しさの判別基準を持っていないのだから。

私も経験がある。AIに経営戦略のフレームワークを生成させたことがある。SWOT分析、ファイブフォース、バリューチェーン。きれいな文書が出来上がった。しかし、その分析が自社の現実に即しているかどうか、私には判断できなかった。経営の暗黙知がなかったからだ。形式知としてのフレームワークは完璧でも、適用の妥当性は別の話だ。

逆に、小児科の領域でAIを使うとき、私は輪の中にいる。AIが出した鑑別リストの漏れに気づける。「この症状でこの疾患が挙がらないのはおかしい」と判断できる。輪の中だから、増幅器の出力の品質を評価できる。

マンガーは「メンタルモデルの格子(latticework of mental models)」を推奨した。複数の学問分野のメンタルモデルを格子状に組み合わせて、現実を多角的に理解する方法だ。

この考え方は、AIのプロンプト設計と構造的に似ている。良いプロンプトとは、問題を複数の視点から照射する指示だ。マンガーのメンタルモデル格子がアナログ時代の思考ツールだったとすれば、プロンプトはデジタル時代のメンタルモデル格子だと言える。

しかし、決定的な違いがある。

マンガーのメンタルモデルは、各分野を深く理解した上で統合するものだ。表面的な理解を並べても格子にはならない。プロンプトも同じだ。自分が深く理解している領域からのプロンプトは鋭い出力を生む。理解していない領域からのプロンプトは、もっともらしいが浅い出力を生む。

能力の輪を広げる努力は否定しない。学び続けること、新しい領域に挑戦することは大切だ。しかし、今この瞬間に判断を下すとき、自分の輪がどこまでかを知っていなければ、AIの出力に振り回される。

バフェットの原則をAI時代に翻訳するとこうなる。

AIを使う領域を広げることが重要なのではない。AIの出力を正しく判断できる領域を知っていることが、決定的に重要だ。

輪の中でAIを使え。輪の外では、AIの出力を鵜呑みにするな。

シンプルだが、守るのは難しい。何でもできそうに見える増幅器を前にして、自分の輪の境界を認める謙虚さが必要だからだ。