稲盛の方程式
稲盛和夫は、人生の結果を一つの方程式で表した。
人生・仕事の結果 = 考え方 x 熱意 x 能力
能力と熱意は0から100の値を取る。しかし考え方だけは、マイナス100からプラス100までの値を取る。
掛け算だから、どれだけ能力が高くても、どれだけ熱意があっても、考え方がマイナスなら結果はマイナスになる。能力90、熱意90でも、考え方がマイナス10なら結果はマイナス81,000だ。
この方程式をAI時代に当てはめてみる。
AIは能力を底上げする。文章を書く能力、分析する能力、プログラミングする能力、デザインする能力。あらゆる能力のベースラインが上がる。能力の値が全員で上がるなら、差が出るのは残り二つの変数だ。
熱意はどうか。AIは熱意を直接変えない。ただし、退屈な作業を吸収してくれるから、好きなことに集中しやすくなる。熱意が発揮しやすい環境を作る。間接的な影響はある。
考え方はどうか。ここが決定的だ。AIは考え方に一切触れない。そして考え方だけがマイナスになり得る。
考え方がマイナスとはどういうことか。稲盛は具体的に挙げている。利己的、不誠実、怠惰、傲慢、嫉妬深い。逆にプラスの考え方とは、利他的、誠実、勤勉、謙虚、感謝の心を持つこと。
AIで能力が底上げされた人間が、利己的に振る舞えばどうなるか。より巧みに人を操り、より効率的に搾取し、より精緻に嘘をつく。能力の増幅が、考え方のマイナスを拡大する。増幅器のテーゼそのものだ。
逆に、誠実で利他的な人間がAIで能力を底上げすれば、より多くの人を助け、より良い仕組みを作り、より大きな価値を社会に提供する。
方程式の構造が増幅器の構造と完全に一致する。
松下幸之助は「素直な心」という言葉を繰り返し使った。素直な心とは、先入観なく物事を見る心のこと。自分の思い込みに気づき、事実をそのまま受け入れる姿勢だ。
これはAIとの付き合い方にそのまま当てはまる。
AIの出力に対して、二つの態度がある。一つは「自分の期待する答え」を探す態度。もう一つは「AIが何を出力したか」をまず素直に見る態度。
前者は確証バイアスの増幅器としてAIを使っている。自分の信じたいことを裏付けてくれる出力だけを採用し、都合の悪い出力は無視する。AIは膨大な情報から「あなたが欲しい答え」を見つけてくれるから、確証バイアスが強化される。
後者は、松下の言う素直な心だ。AIの出力を先入観なく受け取り、自分の知識と照合し、判断する。期待と違う出力が出たとき、「AIが間違っている」と決めつけずに、「自分の前提が間違っているかもしれない」と考える余地を残す。
素直な心は、考え方がプラスであることの一つの表れだ。
稲盛の方程式が教えてくれるのは、AI時代に最も投資すべきは自分の「考え方」だということだ。能力はAIが補ってくれる。熱意は環境設計で引き出せる。しかし考え方は、自分で育てるしかない。
そして考え方は、日々の小さな判断の積み重ねで形成される。嘘をつくか、正直に話すか。自分だけ得をしようとするか、相手にも得を渡すか。失敗を認めるか、隠すか。
その一つ一つの判断が、増幅器に入力される「考え方」の質を決めている。