自分をプロダクト化する
Naval Ravikantの最も凝縮されたメッセージは、二語に収まる。
Productize yourself.
(Naval Ravikant "How to Get Rich" 2019年)
自分をプロダクト化しろ。
この二語を分解する。
まず「yourself」。これは前章で掘った固有性のことだ。特殊知識、つまりあなただけが持つ経験と視点と判断力。マニュアル化できない、訓練で複製できない、だからこそ希少な知識。
次に「productize」。プロダクト化とは、レバレッジをかけてスケールすることだ。あなたの固有性を、あなた一人の時間の制約から解放し、多くの人に届ける仕組みを作ること。
Navalはレバレッジを四つに分類した。労働(人を雇う)、資本(お金を投入する)、コード(ソフトウェアを書く)、メディア(コンテンツを発信する)。
私はここにもう一つ加えたい。AI。
レバレッジの歴史を振り返ると、より少ない許可でより大きなスケールが可能になる方向に進んでいる。労働のレバレッジには雇用契約が要る。資本のレバレッジには投資家の許可が要る。コードのレバレッジにはプログラミング能力が要る。メディアのレバレッジにはプラットフォームへのアクセスが要る。
AIのレバレッジは、これらの障壁をさらに下げた。プログラミングの知識がなくてもコードが書ける。デザインのスキルがなくてもビジュアルが作れる。一人で、許可なく、大きなレバレッジをかけられる。
しかしレバレッジだけでは足りない。レバレッジは増幅器だ。増幅される入力、つまり「yourself」がなければ、レバレッジは空回りする。
minatonの例で考える。
私は10年間、小児科の外来で保護者の質問に答え続けた。「熱が出たらどうすれば」「この薬は大丈夫か」「いつ病院に行くべきか」。同じ質問を、何千回と受けた。
その経験は、私の中に暗黙知として蓄積された。どの説明で保護者の表情が変わるか。どの言い回しが安心を生むか。何を先に伝えて何を後に回すか。
この暗黙知の一部を形式知に変換し、462本の記事にした。AIが形式知化と執筆を加速してくれた。そして記事はWebサイトとして、港区の保護者に24時間届く。
これが「Productize yourself」の実例だ。10年の臨床経験(yourself)を、AIとコードとメディアのレバレッジでスケールした(productize)。
ポール・グレアムはこう言った。
Founders matter more than ideas.
(ポール・グレアム)
アイデアより創業者が重要だ。同じアイデアでも、誰がやるかで結果が変わる。なぜなら、アイデアの実行には判断力が必要であり、判断力は創業者の固有性に依存するからだ。
マーク・アンドリーセンはAIについてこう述べた。
Perhaps the most underestimated quality of AI is how humanizing it can be.
(マーク・アンドリーセン "Why AI Will Save the World" 2023年)
AIの最も過小評価されている性質は、人間的であり得ることだ、と。この発言は逆説的に聞こえるが、増幅器のテーゼと一致する。AIが増幅するのは人間の入力だ。だからAIの出力は、入力した人間の人間性を反映する。良い入力をすれば、人間的な出力が出る。
ブライアン・イーノは、ロックギタリストのマーシャルアンプの使い方について興味深いことを言っている。増幅器は入力を単に大きくするだけではなく、入力の性質そのものを変えることがある、と。
マーシャルアンプのゲインを上げると、ギターの音は単に大きくなるのではなく、歪む。倍音が加わり、サステインが伸び、元の音にはなかった豊かさが生まれる。ジミ・ヘンドリックスはこの歪みを意図的に使い、エレキギターの表現を根本的に変えた。
AIという増幅器にも、同じ現象が起きる可能性がある。自分の知識をAIで増幅する過程で、自分でも気づいていなかった知識の側面が見えてくることがある。AIとの対話の中で「あ、自分はこう考えていたのか」と発見する瞬間がある。
増幅器は入力を拡大するだけでなく、入力の性質を変えることがある。自分をプロダクト化する過程で、自分自身が変わる。
だからNavalの「Productize yourself」は、単なるビジネス戦略ではない。自己認識の方法論でもある。自分の固有性をプロダクトにする過程で、自分の固有性が何なのかをより深く理解する。
あなたの特殊知識は何か。それにどんなレバレッジをかけられるか。そしてその過程で、あなた自身はどう変わるか。