あなたは何を増幅させますか
この本で、多くの人の言葉を引いた。
ソクラテスは「自分が知らないことを知っている」と言った。ポランニーは「語れる以上のことを知っている」と言った。ファインマンは「説明できなければ理解していない」と言った。
アーレントは人間の営みを三つに分け、活動だけが固有性を示すと言った。村上春樹は地下二階まで降りろと言った。宮崎駿は痛みを知らない表現を侮辱と呼んだ。
Navalは判断力がすべてだと言った。バフェットは能力の輪の境界を知れと言った。稲盛は考え方だけがマイナスになると言った。マルクス・アウレリウスはコントロールできるものに集中しろと言った。
クリアはシステムの水準まで落ちると言った。ダックワースは持久力が稀少だと言った。ニーチェは自分自身になれと言った。フランクルは意味を持て、と言った。
時代が違う。文化が違う。分野が違う。しかし全員が、同じことを指している。
外側の条件は変わる。道具は進化する。環境は激変する。しかし、あなたの内側にあるものだけが、結果を決める。
ティム・フェリスが紹介したビル・ガーリーの言葉がある。
The best way to protect against AI risk is to be the most AI-enabled version of yourself.
(ビル・ガーリー、ティム・フェリス経由)
AIリスクに対する最善の防御は、自分自身の最もAI活用版になることだ。
ここでの「yourself」が鍵だ。汎用的なAIユーザーになることではない。自分自身の、最もAI活用された版になること。あなたの固有性を、AIで最大限に増幅すること。
リード・ホフマンはこう言った。
The surest way to prevent a bad future is to steer toward a better one.
(リード・ホフマン)
悪い未来を防ぐ最も確実な方法は、より良い未来に向けて舵を切ることだ。AIの悪い使い方を批判するだけでは足りない。良い使い方を自分で実践し、示す必要がある。
第一章で、マクルーハンの「メディアはメッセージである」を引いた。メディアの内容ではなく、メディアそのものが社会を変える、という洞察だ。
AIというメディアが伝えるメッセージは何か。
それは、結局、あなた自身だ。
AIは鏡だ。あなたの知識を映し出す。あなたの思考を映し出す。あなたの価値観を映し出す。鏡の精度が上がるほど、映し出されるのはあなた自身の姿だ。
知識が豊かな人がAIを使えば、豊かな出力が返ってくる。思考が浅い人がAIを使えば、浅い出力が返ってくる。価値観が明確な人がAIを使えば、一貫した出力が返ってくる。価値観が曖昧な人がAIを使えば、散漫な出力が返ってくる。
ゼロに何を掛けてもゼロだ。しかし1を持っている人にとって、AIは1を100にする。
この本のタイトルは「増幅」だ。AIは増幅器であり、あなたの中にあるものしか大きくできない。この原理は、ソクラテスからNavalまで、2500年分の知恵が裏付けている。
だから、最後に問う。
この本を書き終えた今、自分自身にも同じ問いを向けている。
あの当直室の夜、天井を見ながら考えていたこと。外来で伝えきれなかったことを、どうやって届けるか。あの問いが、462本の記事になり、minatonになり、AMPLという会社になった。
振り返れば、増幅されたのは「伝えたい」という気持ちだった。テクノロジーでも方法論でもない。外来で母親の目を見て「大丈夫ですよ」と言うとき、その「大丈夫」の根拠を、もっと多くの人に届けたいという気持ち。それだけだ。
増幅器は手段にすぎない。増幅に値するものを持っているかどうかは、自分にしかわからない。
この本を書き始めたとき、自分には資格があるのかと思った。小児科医がAIの本を書く。テック企業の経営者でもなければ、AIの研究者でもない。毎朝外来に立ち、毎晩コードを書いている、ただの臨床医だ。
でも、書いた。書きながら気づいた。この本に必要だったのは、AIの専門知識ではなかった。外来で10年間、親の不安を聴き続けた耳だった。その耳が、ソクラテスの問いもNavalのレバレッジもフランクルの意味も、全部同じことを言っていると聴き取った。
増幅されるのは、あなたの中にあるものだけだ。
私の中にあったのは、当直室の天井を見ながら考えた「届けたい」という気持ちと、夜中に3回記事を読んでくれた母親の存在だった。それだけだ。でもそれだけで、会社を作るには十分だった。
だから最後に、問いではなく宣言をする。
私は増幅し続ける。一人の小児科医の知見を、社会の力に変えるまで。