判断力がすべてを決める
Naval Ravikantの言葉の中で、私が最も頻繁に立ち返るものがある。
In an age of infinite leverage, judgment is the most important skill.
(Naval Ravikant "How to Get Rich" 2019年)
レバレッジが無限の時代に、最も重要なスキルは判断力だ。
なぜ判断力なのか。
レバレッジとは、少ない入力で大きな出力を得る仕組みのことだ。昔は労働力が唯一のレバレッジだった。人を雇い、その労働で事業を拡大する。次に資本が来た。お金を投入して規模を拡大する。そしてコード。ソフトウェアは一度書けば、追加コストなしで無限に複製できる。メディアも同じだ。一つのコンテンツが何百万人に届く。
AIはこのレバレッジをさらに増幅した。コードを書く速度が上がり、コンテンツの生成コストが下がり、一人の人間が扱えるレバレッジの量が桁違いに増えた。
全員が同じレバレッジを持つ。全員が同じ増幅器を持つ。そのとき、差がつくのは何か。
Wisdom applied to external problems is judgment.
(Naval Ravikant、同上)
知恵を外部の問題に適用したものが判断力だ、とNavalは定義する。知識ではない。知恵だ。知識は情報の蓄積であり、AIが得意とする領域だ。知恵は「何が重要か」「何を優先すべきか」「何を捨てるべきか」を見極める能力であり、経験と失敗の蓄積からしか得られない。
Navalはさらに踏み込む。判断力の10%の差が、レバレッジの世界では$100Mの価値差を生む、と。入力が少しだけ良ければ、増幅器が出力の差を巨大にする。入力が少しだけ悪ければ、増幅器が損失を巨大にする。
アインシュタインは同じ構造を、まったく別の文脈で語った。
もし1時間で命に関わる問題を解かなければならないとしたら、55分を正しい問いの定義に使い、5分で解く、と。
この話がAI時代に特別な意味を持つ。AIに「答えて」と言えば、答えは出る。しかし、正しい問いを立てなければ、正しい答えは出ない。55分間の思考、つまり問いの質を決める判断力は、AIでは代替できない。
クレイトン・クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』(1997年)で、優良企業がなぜ衰退するかを分析した。答えは明快だった。彼らは正しい答えを出していた。ただし、間違った問いに対して。
既存顧客の要望に応えるべきか。品質を改善すべきか。利益率を上げるべきか。すべてに対して正しい答えを出した。しかし「この技術は私たちの市場を根本から変えるのではないか」という問いを立てなかった。
AIは、与えられた問いに対する答えの精度を劇的に上げる。しかし問いそのものを立てる行為は、まだ人間の領域だ。
医療で考える。AIに「この患者の鑑別診断を挙げてください」と聞けば、教科書的な回答が返ってくる。しかし「この患者に今本当に必要なのは診断ではなく安心なのではないか」という問いは、医師の判断力から来る。
あるいはこうだ。「このデータから何が読み取れますか」とAIに聞くのは一階の仕事だ。「そもそもこのデータを取る意味があるのか」と問うのが判断力だ。
Navalの言葉をもう一つ引く。
When everyone has infinite leverage, your judgment and taste are what matter.
(Naval Ravikant、同上)
全員が無限のレバレッジを持つとき、あなたの判断力とセンスだけが意味を持つ。
センスとは何か。それは次章以降で掘り下げる。まず確認しておきたいのは、増幅器が強力になればなるほど、入力の質を決める判断力の価値が上がるということだ。
レバレッジが小さかった時代には、判断を間違えても影響は限定的だった。手作業でやり直せた。しかしレバレッジが無限に近づいた今、一つの判断ミスが瞬時にスケールする。一つの良い判断も瞬時にスケールする。
だから、判断力がすべてを決める。