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ショートカットの時代にやり抜く

ダックワースのGrit。AIがショートカットを提供する時代に、持続力の価値は二極化する。増幅器は瞬発力を増幅するが、持続力は増幅できない。

ショートカットの時代にやり抜く

アンジェラ・ダックワースの一言が、ずっと頭に残っている。

Enthusiasm is common. Endurance is rare.

(アンジェラ・ダックワース『Grit』2016年)

熱狂はありふれている。持久力が稀少だ。

AIの登場で、この非対称性はさらに拡大した。

AIは熱狂を増幅する。新しいアイデアを瞬時に形にできる。プロトタイプが1時間でできる。記事の草稿が10分で出る。始めることのハードルが劇的に下がった。だから始める人が激増する。

しかし、続ける人は増えない。

ダックワースの研究が示したのは、成果を出す人とそうでない人の最大の違いは、才能でも知能でもなく、Grit(やり抜く力)だということだ。Gritとは、長期的な目標に対する情熱と粘り強さの組み合わせだ。

AIはGritを増幅できるか。

できない。

増幅器は瞬発力を増幅する。一回の作業の速度と品質を上げる。しかし、明日もやる、来週もやる、来月もやる、来年もやるという持続力は、増幅の対象にならない。持続力は入力ではなく、入力を繰り返す意志だからだ。

AIが生む逆説がここにある。ショートカットが増えるほど、ショートカットでは到達できない場所の価値が上がる。

本を一冊書き上げること。これはショートカットできない。AIが各章の草稿を書いてくれても、24章を通して一貫したメッセージを貫き、何度も書き直し、全体の構造を調整し、最後まで完走する持久力は、著者自身のものだ。

研究を完遂すること。文献レビュー、データ収集、分析、論文執筆、査読対応。AIが各ステップを加速しても、2年間の研究プロジェクトをコミットし続ける覚悟は、研究者自身のものだ。

臨床経験を積むこと。10年間、毎日患者を診続けること。その中で暗黙知が蓄積され、判断力が磨かれ、言語化できない直感が育つ。これにショートカットはない。

Naval Ravikantはこう言った。

Play long-term games with long-term people.

(Naval Ravikant "How to Get Rich" 2019年)

長期のゲームを、長期の人間と一緒にやれ。

短期のゲームでは、AIが圧倒的に強い。速さ、効率、量。短期の勝負では人間はAIに勝てない。勝てないし、勝つ必要もない。

しかし長期のゲームでは、持続力が勝敗を決める。5年、10年、20年のスパンで積み上げてきたものの厚みが、出力の質を決める。増幅器の性能は全員同じ。だから入力の質、つまり積み上げの厚みだけが差になる。

ダックワースは、Gritを構成する要素を分解した。興味、練習、目的、希望。

興味がなければ続かない。練習の仕組みがなければ上達しない。目的がなければ粘れない。希望がなければ折れる。

AIは練習の効率を上げてくれる。フィードバックが速くなるから、改善のサイクルが短くなる。しかし興味は自分の中から湧き上がるものだ。目的も自分で見つけるものだ。希望も自分で維持するものだ。

ショートカットの時代に意味のある粘りとは何か。

無意味な粘りは不要になった。手作業で写経するような反復練習は、AIが代替する。しかし、本質的な難問に取り組み続ける粘り、つまり「この問題を解きたい」という内発的な動機に支えられた持久力は、かつてないほど価値がある。

全員が同じ増幅器を持つ。全員が同じショートカットを使える。そのとき、ショートカットでは行けない場所まで歩き続けた人間だけが、希少な存在になる。