あとがき
この本は、講演の原稿から生まれた。
2026年の春、AIと医療についてのセミナーで話す機会をいただいた。30分の持ち時間で、「AIは増幅器だ」という話をした。酒の比喩から始めて、ポランニーの暗黙知に触れ、Navalの特殊知識につなげた。
話し終わった後、聴衆の一人から「それ、本にしてほしい」と言われた。
軽い気持ちで書き始めたわけではない。しかし、書き始めてみると、伝えたいことが次々と出てきた。ソクラテスからフランクルまで、時代を超えて同じことを言っている思想家たちの声が聞こえた。それを一つの線でつなぐ作業は、私自身の思考の整理でもあった。
きっかけをくれたのは、梶谷健人さんだ。梶谷さんの動画で「AIをどう使うか」ではなく「AIの前に自分に何があるか」という問いの立て方に触れたとき、自分が日々の臨床とプロダクト開発で感じていたことが、一つのフレーズに結晶した。「AIは増幅器だ」と。この本は、そのフレーズから生まれた。梶谷さんに深く感謝する。
会社の名前をAMPL(アンプル)にした理由も、ここにある。
AMPLはamplify、つまり「増幅する」から取った。何を増幅するか。医師の知見を、だ。
私は小児科医として10年間、外来で保護者の不安に向き合ってきた。子供が熱を出した夜、咳が止まらない朝、発疹が出た週末。親の不安は切実だ。しかし、その不安に応えられる情報が、必要な人に、必要なタイミングで届いていない。
minatonは、この問題を解くために作ったサービスだ。
462本の医療記事は、すべて私の臨床経験がベースになっている。外来で何百回も聞かれた質問に、何百回も答えた経験から書いた。AIが執筆を加速してくれたが、中身は10年分の臨床知だ。
情報処方という概念がある。薬を処方するように、信頼できる情報を処方する。外来で「この記事を読んでみてください」と伝える。保護者がスマホで読む。次の受診のとき、「あの記事を読んで安心しました」と言ってもらえる。
これが「医師の知見を、社会の力に」ということだ。
一人の医師が外来で対応できる患者数には限界がある。しかし、その医師の知見をプロダクト化すれば、24時間、どこからでもアクセスできる。増幅だ。一人の医師の知見を、テクノロジーで増幅し、より多くの家族に届ける。
この本で書いたことは、すべて私自身が実践していることでもある。暗黙知を形式知に変換する試み。能力の輪の中でAIを使う規律。1%の日次改善の積み重ね。意味を先に置いて、方法を後に置く姿勢。
完璧にはできていない。できていないことのほうが多い。しかし、方向は間違っていないと信じている。
最後に、もう一つだけ。
この本のタイトルは「増幅」だが、副題は「AIは、あなたの中にあるものしか大きくできない」だ。
あなた自身のAMPLは何か。
あなたの中にあるもの、あなたが積み上げてきたもの、あなたにしか持てないもの。それを見つけて、磨いて、増幅させてほしい。
この本が、そのきっかけの一つになれば幸いだ。
岡本賢 2026年4月