経営者の約70%に運動習慣がある。一般のビジネスパーソンでは約14%。
この差を見て、「そりゃ経営者は時間もお金もあるから」と思うかもしれません。私も最初はそう思いました。
でも、因果の方向が逆かもしれない、と考えたことはありますか?
数字が語る「運動格差」
日本のフィットネス参加率は、全体で4〜5%です[1]。アメリカの23.7%、イギリスの15.9%と比べると圧倒的に低い。特に20代女性の運動習慣率は14.5%。全年代で最も低い数字です[1]。
厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、運動習慣のある人(1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上継続)の割合は、男性で28.7%、女性で24.4%です[2]。働き盛りの30〜40代に限ると、男性でも20%前後まで下がります。
一方で、「運動しない理由」の1位は「忙しい・仕事に追われている」で41.0%[1]。忙しいから運動できない。これが大多数の実感でしょう。
でも、経営者は一般の人より暇なのでしょうか。むしろ逆のはずです。それなのに70%が運動している。
世界のCEOたちは朝に何をしているか
この傾向は、日本に限った話ではありません。
Apple CEOのティム・クックは毎朝3時45分に起きて4時半にはジムにいることで知られています。Twitter(現X)の共同創業者ジャック・ドーシーは毎朝5:30から瞑想とランニング。ヴァージン・グループの創業者リチャード・ブランソンは、朝の運動のおかげで「1日に4時間分の生産性が増えた」と公言しています[3]。
アメリカのCEO 300人を対象にした調査では、75%が週3回以上の運動習慣を持ち、そのうち半数以上が朝6時前に運動を行っていました[4]。
日本でも、ユニクロの柳井正氏はゴルフと朝のウォーキングを欠かさず、サイバーエージェントの藤田晋氏はランニングを日課にしています。ソフトバンクの孫正義氏がゴルフに打ち込むのも有名な話です。
これは単なる「趣味」ではないかもしれません。
因果の方向。「余裕があるから動く」のか、「動くから余裕が生まれる」のか
ここに面白い仮説があります。
「余裕があるから運動する」のではなく、「運動するから余裕が生まれる」。
朝の運動は、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)を活性化し、コルチゾール覚醒反応を最適化します[5]。これにより、午前中の集中力と判断力が向上し、ストレスへの耐性も上がる。結果として、1日の生産性が変わる。
ハーバード・メディカル・スクールの精神科医ジョン・レイティは、著書『脳を鍛えるには運動しかない!』の中で、運動が前頭前皮質の機能を高め、意思決定の質を向上させることを繰り返し述べています[6]。経営者に求められる「判断力」そのものを、運動が底上げしている可能性がある。
つまり、運動は「時間を消費する」のではなく、「時間を生み出す」のかもしれません。
運動と「意思決定疲れ」の関係
経営者の仕事は、突き詰めると「判断の連続」です。1日に数百もの意思決定をこなす中で、「意思決定疲れ(decision fatigue)」が蓄積します。
スタンフォード大学の研究によると、意思決定の質は1日の中で徐々に低下し、午後になるとリスク回避的で保守的な判断が増えることがわかっています[7]。
運動はこの「判断疲れ」に対する強力な対抗手段です。有酸素運動の後、前頭前皮質への血流が増加し、実行機能(計画を立て、判断し、実行する力)が一時的に向上することが複数の研究で確認されています[8]。
経営者が運動を「贅沢」ではなく「必需品」と位置づけている理由が、ここにあります。朝の45分の投資が、1日を通じた判断の質を維持してくれる。
日本と世界の「運動投資」格差
視野を広げてみましょう。
世界保健機関(WHO)は2022年、世界の成人の31%が推奨レベルの身体活動を満たしていないと報告しました[9]。ただし、この数字には大きな地域差があります。
北欧のフィンランドやスウェーデンでは、国民のフィットネス参加率が20%を超えています。これらの国では、運動を「個人の趣味」ではなく「社会インフラ」として扱っています。フィンランドでは企業に従業員のスポーツ活動を支援する税制優遇があり、スウェーデンでは就業時間中の運動を認める企業が増えています[10]。
韓国でも健康増進法の改正により、国民のフィットネス参加率は2010年代の10%台から2020年代には17%以上に上昇しました[11]。
日本の4〜5%という数字は、先進国の中でも際立って低い。この差は、運動を「余裕のある人の特権」と捉えるか、「誰もがアクセスすべきインフラ」と捉えるかの文化差を反映しているのかもしれません。
「忙しい」の正体
もちろん、相関と因果は区別する必要があります。「経営者だから運動する」のか「運動するから経営者になれた」のかは、単純には言えません。
でも少なくとも、忙しい人ほど運動しているという事実は、「時間がないから運動できない」という思い込みに疑問を投げかけます。
興味深い調査があります。アメリカの時間使用調査(American Time Use Survey)によると、運動習慣のある人とない人の「自由時間」の差は、実は統計的に小さい。違うのは、その自由時間をどう使うかです[12]。運動する人はSNSやテレビの時間を削って運動に充てている。時間が「ある」のではなく、時間を「作って」いるのです。
あなたの「時間がない」は、本当に時間がないのでしょうか。それとも、優先順位の問題でしょうか。
最初の一歩は「5分」でいい
ここまで書いて、「やっぱり経営者と自分は違う」と感じたかもしれません。
でも、経営者だって最初から朝4時に起きてジムに行っていたわけではありません。多くのCEOが「小さな習慣から始めた」と語っています。
大事なのは、1日5分でも「意図的に体を動かす」時間を作ること。それが10分になり、30分になり、やがて「動かない日が気持ち悪い」と感じるようになる。
私自身、クロスフィットを始めたきっかけは「ちょっと体験してみようか」でした。最初の1回が、9年間に変わった。
「余裕があるから運動する」のではなく、「運動するから余裕が生まれる」。
この章のポイント
- 経営者の運動習慣率は約70%、一般ビジネスパーソンは約14%。忙しい人ほど動いている
- 運動は時間を消費するのではなく、HPA軸と前頭前皮質を整えて「時間を生み出す」
- 意思決定疲れに対する強力な対抗手段が運動。経営者はそれを「贅沢」でなく「必需品」と捉えている
- 時間が「ない」のではなく、時間を「作っている」。最初の一歩は5分でいい
参考文献 [1] 笹川スポーツ財団. スポーツライフ・データ 2023; 日本におけるフィットネスの関心度とトレーニング実施率. [2] 厚生労働省. 令和4年 国民健康・栄養調査結果の概要. [3] Branson R. "My Top 10 Quotes on Living Life to the Full." Virgin.com. [4] Harvard Business Review. "Regular Exercise is Part of Your Job." 2014. [5] Hackney AC. Stress and the neuroendocrine system: the role of exercise as a stressor and modifier of stress. Expert Rev Endocrinol Metab. 2006;1(6):783-792. [6] Ratey JJ. Spark: The Revolutionary New Science of Exercise and the Brain. Little, Brown and Company. 2008. [7] Danziger S, Levav J, Avnaim-Pesso L. Extraneous factors in judicial decisions. Proc Natl Acad Sci. 2011;108(17):6889-6892. [8] Hillman CH, et al. Be smart, exercise your heart: exercise effects on brain and cognition. Nat Rev Neurosci. 2008;9(1):58-65. [9] WHO. Global status report on physical activity 2022. [10] European Commission. Eurobarometer on Sport and Physical Activity. 2022. [11] 韓国文化体育観光部. 国民生活体育参加実態調査. 2023. [12] Bureau of Labor Statistics. American Time Use Survey Summary. 2023.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第8回です。 前回 → 第7回「この連載で伝えたいこと」