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GPT-4は運動処方ができるか

医師として、この問いは避けて通れません。AIは運動処方ができるのか。 患者一人ひとりに最適な運動メニューを、AIが提案できる時代は来るのか。

2023年、GPT-4が米国医師国家試験(USMLE)に合格ラインを超えるスコアで合格したというニュースが世界を駆け巡りました[1]。その後も、AIの医療分野での能力は加速度的に向上しています。放射線画像の読影精度は専門医に匹敵し、一部の領域では凌駕するケースも報告されています[2]。皮膚科の画像診断、病理診断、心電図の解析。AIは「診断」の世界で着実に実力を証明しつつあります。

では、「処方」はどうか。特に、薬ではなく「運動」の処方は。

結論。「できる、しかし限界がある」

答えは、「ある程度はできる。しかし、本質的な限界がある」です。

すでに、AIを活用した運動処方のプラットフォームが多数登場しています。Noom、Virta Health、Omada Health、Peloton Guide。年齢、体重、既往歴、運動歴、目標を入力すると、個別化されたトレーニングプランが出力される。ウェアラブルのデータと連動させれば、リアルタイムで負荷を調整することも可能です。

実際、糖尿病予備群に対するデジタル介入プログラム(Digital Diabetes Prevention Program)では、一人あたり1,000ドル超の医療費削減が報告されています[3]。AIが行動変容を促し、生活習慣病のリスクを下げる。技術的にはすでに実用段階です。

私自身、試みとしてGPT-4に運動処方を依頼してみたことがあります。

「45歳男性、BMI 26、2型糖尿病予備群、運動歴なし、膝に軽度の変形性関節症あり。週3回・1回30分を目標に、運動プログラムを作成してください」

返ってきた回答は、驚くほどまともでした。関節への負荷を考慮して水中ウォーキングから開始し、段階的にレジスタンストレーニングを導入するプログレッシブオーバーロードの原則に基づいたプラン。禁忌の確認、ウォームアップとクールダウンの指示、疼痛が増悪した場合の対応も含まれていました。

エビデンスに基づく一般的な運動処方として、十分に使えるレベルです。実際に、GPT-4の運動に関するアドバイスの質を検証した研究では、国際的なガイドラインとの整合性が高いことが確認されています[4]。

「何を/どれくらい/どうやって」の壁

では、AIの運動処方は万能なのでしょうか。

ここから先が、医師として話しておきたいことです。

運動処方には、大きく分けて3つの要素があります。「何を」「どれくらい」「どうやって」です。

「何を」と「どれくらい」。これはAIが得意な領域です。ACSM(アメリカスポーツ医学会)のガイドラインをベースに、個人の特性に応じた運動種目と頻度・強度・時間を算出する。膨大な文献データから最適な組み合わせを提案する。AIは人間の医師より多くの論文を読み、より正確にガイドラインを適用できるかもしれません。

「どうやって」。ここに本質的な難しさがあります。

フォーム(動きの質)の問題です。スクワットのプログラムをAIが処方できたとしても、そのスクワットのフォームが正しいかどうかを判断するには、身体の動きを「見る」必要があります。膝がつま先より前に出ていないか、背中が丸まっていないか、股関節のヒンジが適切か。これは現状、テキストベースのAIには困難です。

もちろん、コンピュータビジョンの進化により、カメラでフォームを解析するアプリも登場しています。TempoCaの3Dセンサー搭載マシンや、スマートフォンのカメラを使ったフォーム解析AI。しかし、微妙な代償動作(compensation)。たとえば、腰が痛い人がスクワット中に無意識に体を傾けて代償する。を検出する精度は、経験豊富なコーチにはまだ及びません[5]。

アドヒアランスという最大の壁

でも、AIにできないことが、もっと根本的なレベルであります。

あなたの代わりに動くことです。

AIは完璧な処方箋を書けます。「月曜日は30分のウォーキング、水曜日はレジスタンストレーニング、金曜日はヨガ」。でも、月曜日の朝、ベッドから起き上がるかどうかは、あなたが決めることです。

これは「アドヒアランス(治療遵守)」の問題であり、医療における最大の課題の一つです。WHOは、慢性疾患の治療におけるアドヒアランスは先進国でも約50%に過ぎないと報告しています[6]。つまり、最高の処方箋があっても、半分の人は実行しない。

運動のアドヒアランスはさらに低いことが知られています。新しい運動プログラムを始めた人のうち、6か月後も継続しているのは約40〜50%です[7]。1年後には、さらに減ります。

AIが処方精度を100%に高めたとしても、アドヒアランスが50%なら、効果は半減します。

「動機」はAIにはまだ作れない

もう一つ、AIにはまだ難しいことがあります。「動機」を作ることです。

人が運動を続けるのは、科学的に最適だからではありません。楽しいから。仲間がいるから。達成感があるから。自分の体が変わっていく実感があるから。コーチの「ナイス!」という一言に背中を押されるから。

こうした「感覚」は、AIにはまだ理解しにくい領域です。

自己決定理論(Self-Determination Theory)によると、人間が内発的動機を維持するには3つの心理的欲求が満たされる必要があります。自律性(自分で選択している感覚)、有能感(できるようになっている感覚)、関係性(他者とつながっている感覚)です[8]。

クロスフィットのジムが強力なアドヒアランスを生む理由は、この3つすべてを満たしているからです。スケールの選択肢があり(自律性)、PRボードに記録が残り(有能感)、クラスの仲間と苦しみを共有する(関係性)。AIが処方する「一人用の完璧なプログラム」よりも、「仲間と一緒にやる不完全なプログラム」のほうが、継続率で上回ることがしばしばあります。

私が9年間クロスフィットを続けられているのは、プログラムが科学的に最適だからではありません。5時のクラスに一緒に来る仲間がいるからです。コーチが名前を呼んでくれるからです。WODの後に「今日のやつ、きつかったな」と笑い合える関係があるからです。

ハイブリッドモデルへ

では、AIの正しい使い方は何でしょうか。

私は、AIは「運動処方のデモクラタイゼーション(民主化)」を実現する道具だと考えています。

これまで、個別化された運動処方は、スポーツ医やパーソナルトレーナーにアクセスできる一部の人々の特権でした。1時間あたり数千円から数万円のパーソナルトレーニング料。専門医の予約は数週間待ち。

AIは、このアクセスの壁を劇的に下げます。スマートフォン一つで、ガイドラインに準拠した基本的な運動処方が手に入る。既往歴や身体的制約を考慮した安全なプログラムが、24時間いつでも利用できる。これは、特に医療アクセスの限られた地域や、経済的に余裕のない層にとって、大きな意味を持ちます[9]。

AIは最高の「処方箋」を書ける。でも、最高の「動機」は、自分で見つけるしかない。

テクノロジーと身体。AIと人間のコーチ。オンラインのデータとオフラインのコミュニティ。どちらか一方ではなく、両方を活かすことが、これからの時代のスタンダードになるはずです。

医師として私が目指しているのは、AIの処方精度と、人間のコーチングの温かさを組み合わせた「ハイブリッドモデル」です。テクノロジーが「何を」「どれくらい」を最適化し、人間が「なぜ」「誰と」を支える。それが、運動を「処方」から「文化」に変える鍵だと考えています。

この章のポイント

  • GPT-4の運動処方はガイドラインに準拠した一般的な処方として十分なレベルに達している
  • フォームの質とアドヒアランス(治療遵守)の向上はAIだけでは依然として困難
  • 自己決定理論の三要素(自律性・有能感・関係性)は、AIではなくコミュニティが満たす
  • AIは「処方箋の民主化」を実現する。人間のコーチングと組み合わせるハイブリッドが正解

参考文献 [1] Nori H, et al. Can generalist foundation models outcompete special-purpose tuning? Case study in medicine. arXiv. 2023. [2] Rajpurkar P, et al. AI in health and medicine. Nat Med. 2022;28(1):31-38. [3] Castro Sweet CM, et al. Cost savings with digital diabetes prevention program. JHEOR. 2020;7(2):139-147. [4] Ponzo S, et al. Evaluating ChatGPT's ability to provide exercise recommendations. J Med Internet Res. 2024. [5] Kianifar R, et al. Automated assessment of dynamic knee valgus and risk of knee injury during the single leg squat. IEEE J Transl Eng Health Med. 2017;5:1-13. [6] World Health Organization. Adherence to long-term therapies: evidence for action. WHO. 2003. [7] Dishman RK, et al. Exercise adherence: its impact on public health. Human Kinetics. 1988. [8] Ryan RM, Deci EL. Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. Am Psychol. 2000;55(1):68-78. [9] Topol EJ. Deep Medicine: How Artificial Intelligence Can Make Healthcare Human Again. Basic Books. 2019.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第61回です。 前回 → 第60回「ウェアラブルとAIが変える自己理解」