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ショートスリーパーは都市伝説

「俺は5時間で十分だから」。こう言う人に、何度も会ったことがあります。そしてその大半が、医師としての目から見ると、十分に眠れていません。

DEC2遺伝子変異。真のショートスリーパーの正体

遺伝的に短い睡眠で済む「真のショートスリーパー」は存在します。ただし、全人口の0.5%以下。一部の推計では0.1%程度。という極めて稀なケースです[1]。

2009年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のYing-Hui Fuらの研究グループが、その原因遺伝子を特定しました。DEC2(BHLHE41)と呼ばれる時計遺伝子の変異です。この遺伝子変異を持つ人は、6時間以下の睡眠でも認知機能や身体機能が正常に維持されることが実験で確認されています。

その後の研究で、ADRB1遺伝子の変異もショートスリーパーに関連することが報告されています[2]。Fuらの2019年の研究では、ADRB1の特定の変異を持つ家系では、平均睡眠時間が6.25時間で、睡眠効率が通常より高いことが示されました。

しかし、強調しなければならないのは、これらの遺伝子変異は極めて稀だということです。200人の同僚がいるオフィスで、真のショートスリーパーがいる確率は1人いるかいないか。「5時間で大丈夫」と言っている人のほぼ全員が、ショートスリーパーではありません。

では、彼らに何が起きているのか。「睡眠不足に慣れた」のです。

「慣れ」という最も危険な適応

ペンシルバニア大学のVan Dongenらによる有名な実験を、改めて詳しく見てみましょう[3]。

この実験では、48名の健康な成人を4つのグループに分けました。「8時間睡眠群」「6時間睡眠群」「4時間睡眠群」、そして「3日間完全断眠群」です。これを14日間にわたって継続し、毎日認知機能テスト(PVT:精神運動覚醒テスト)を実施しました。

結果は衝撃的でした。

6時間睡眠を2週間続けた被験者の認知機能は、2日間完全に徹夜した人と同等レベルにまで低下しました。反応時間は遅延し、注意の途絶(ラプス)は増加し、作業記憶は明確に損なわれていた。

そして最も恐ろしいのは、6時間睡眠群の被験者が主観的には「普通に眠れている」「特に問題ない」と報告していたことです。眠気の自己評価は途中から横ばいになり、「慣れた」と感じていた。しかし、客観的な認知テストのスコアは低下し続けていたのです。

本人は大丈夫だと思っている。でも、脳は確実に鈍っている。

これが、慢性睡眠不足の最も陰険な特徴です。急性の睡眠不足。例えば徹夜明け。は、自分で「眠い」「頭が回らない」と自覚できます。しかし、慢性的に6時間睡眠を続けていると、眠気に対する主観的な感受性が低下し、自分の能力低下に気づけなくなります。

「慣れ」は「鈍感化」です。体がSOSを出さなくなっただけで、ダメージは確実に蓄積しています。

歴史上のショートスリーパー伝説を検証する

「ナポレオンは3時間しか寝なかった」「エジソンは4時間睡眠だった」。こうした逸話が、ショートスリーパー神話を補強してきました。しかし、歴史的な検証では、これらの「伝説」は大幅に誇張されていることがわかっています。

ナポレオンは確かに夜間の睡眠が短かったとされますが、日中に頻繁に仮眠を取っていたことが複数の側近の記録に残っています。合計睡眠時間は7時間前後と推測されています。エジソンについても同様で、研究室に置いたコットで頻繁に昼寝をしていたことが記録されています[4]。

マーガレット・サッチャーも「4時間睡眠」で有名ですが、晩年にアルツハイマー型認知症を発症しています。因果関係を断定することはできませんが、慢性的な睡眠不足がアミロイドベータのクリアランスを妨げることを考えると(第30回参照)、示唆的な事例ではあります。

現代のビジネスリーダーに目を向けると、潮流は明らかに変わっています。AmazonのジェフBezosは「8時間睡眠」を公言し、「睡眠不足で重要な意思決定をすることは株主への背任行為に等しい」と述べています。ビル・ゲイツも以前は睡眠を軽視していましたが、現在は7時間以上の睡眠を確保していると語っています。

「寝ない=有能」という神話は、科学的に否定されています。

あなたはショートスリーパーか?。簡単なセルフチェック

「自分はショートスリーパーかもしれない」と思っている方に、いくつかの質問があります。

質問1: 休日の朝、目覚ましなしで起きたとき、何時間寝ていますか? もし8時間以上寝ているなら、平日の睡眠は足りていません。休日の「寝だめ」は、平日の睡眠負債の証拠です。

質問2: 午後の会議で眠くなることはありますか? 十分な睡眠を取っていれば、午後の自然な眠気はあっても、会議中に意識が飛ぶほどの眠気は起きません。

質問3: 電車や飛行機で座った瞬間に眠りに落ちますか? 「どこでもすぐ寝られる」は、健康のサインではありません。睡眠負債が蓄積している証拠です。健康な人の入眠には、通常10〜20分かかります[5]。5分以内に寝落ちするのは、慢性的な睡眠不足の兆候です。

質問4: カフェインなしで午前中を乗り切れますか? コーヒーなしでは仕事にならない、という状態は、アデノシンの過剰蓄積を示唆しています。つまり、前夜の睡眠で十分にアデノシンがクリアランスされていない可能性があります。

これらの質問のうち一つでも「はい」と答えたなら、あなたはおそらくショートスリーパーではありません。

「寝ないから忙しい」という逆転の因果

ここで、発想を転換してみたいのです。

「忙しいから寝ない」のではなく、「寝ないから忙しくなっている」可能性を、考えてみてください。

睡眠不足は認知機能を低下させます。判断に時間がかかるようになります。ミスが増えます。そのミスのリカバリーに時間が取られます。集中力が続かないので、30分で終わる仕事に1時間かかります。イライラしやすくなり、対人関係のトラブルが増え、その対応に時間を取られます。

結果として、「時間が足りない」状態が生まれます。この「時間不足」を補うために、さらに睡眠を削る。悪循環です。

ある研究では、睡眠時間を1時間増やしたグループは、生産性が平均して2.9%向上したと報告されています[6]。睡眠に投資した1時間が、日中の効率向上で取り戻されるのです。

1日24時間の使い方を最適化したいなら、まず7〜8時間の睡眠を「固定費」として確保する。その上で、残りの16〜17時間を高い生産性で使う。これが、最も合理的な時間管理です。

5時間睡眠で19時間使うより、7時間睡眠で17時間使う方が、アウトプットの総量は多くなる。睡眠は「時間の無駄」ではなく、「残りの時間の質を高める投資」なのです。

この章のポイント

  • 真のショートスリーパーは全人口の0.1〜0.5%。「5時間で大丈夫」と言っている人のほぼ全員は、ショートスリーパーではなく睡眠不足に慣れているだけ
  • 6時間睡眠を2週間続けると、認知機能は2日間徹夜した状態と同等まで低下する。しかも本人は気づかない
  • 歴史上のショートスリーパー伝説は誇張されている。現代のトップリーダーは睡眠を戦略的投資として位置づけている
  • 「忙しいから寝ない」のではなく「寝ないから忙しくなっている」。睡眠は残りの時間の質を高める投資

参考文献 [1] He Y, et al. The transcriptional repressor DEC2 regulates sleep length in mammals. Science. 2009;325(5942):866-870. [2] Shi G, et al. A rare mutation of β1-adrenergic receptor affects sleep/wake behaviors. Neuron. 2019;103(6):1044-1055. [3] Van Dongen HP, et al. The cumulative cost of additional wakefulness. Sleep. 2003;26(2):117-126. [4] Steger B. (In)conspicuous sleeping: the cultural and social meanings of napping. Sleep Med Rev. 2017;36:80-87. [5] Carskadon MA, Dement WC. Normal human sleep: an overview. In: Principles and Practice of Sleep Medicine. 6th ed. Elsevier; 2017. [6] Gibson M, Shrader J. Time use and labor productivity: the returns to sleep. Rev Econ Stat. 2018;100(5):783-798.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第31回です。 前回 → 第30回「黄金の90分を制する」