この連載を78回書きながら、ずっと意識していることがあります。「運動しない人が悪い」というメッセージに、絶対にならないように。
「動きたくても動けない」悪循環
外来で、ある50代の女性と話したことがあります。
彼女は変形性膝関節症を抱えていました。両膝の軟骨がすり減り、階段の上り下りだけで激痛が走る。「運動が体にいいのは知っています」と彼女は言いました。「でも、動くと膝が痛い。痛いから動きたくない。動かないから体重が増える。体重が増えるから膝がもっと痛くなる。先生、この悪循環をどうすればいいんですか」。
そのとき、私は正直に答えました。「まず膝の治療をしましょう。運動は、その次です」。
「運動しましょう」という言葉は、時に残酷です。
動きたくても動けない人がいる。その現実に目を向けなければ、運動の話は空虚な理想論になります。
運動できない4つの理由
運動ができない理由は、大きく分けて4つあります。個人の身体的な問題、時間の問題、経済の問題、そして環境・構造の問題です。
身体的な障壁。 変形性関節症、慢性腰痛、心疾患による運動制限、重度の肥満による関節への負担、障害による移動の困難。これらの人々に「動けばいいのに」と言うことは、松葉杖をついている人に「走ればいいのに」と言うのと同じです。
時間の障壁。 日本の労働者の年間総実労働時間は、2023年時点で約1,600〜1,700時間。これに通勤時間を加えると、平日の自由時間は極めて限られます[1]。さらに、介護や育児を担う人。特に女性。にとって、「自分のための30分」を確保することすら至難の業です。総務省の社会生活基本調査によれば、6歳未満の子どもがいる女性の1日の家事・育児時間は約7時間34分。男性は約1時間23分です[2]。この非対称の中で、「運動する時間くらいあるでしょう」と言えるでしょうか。
経済的な障壁。 ジムの月会費は、安いところでも月5,000〜8,000円。パーソナルトレーニングなら1回8,000〜15,000円。クロスフィットのボックスは月15,000〜25,000円が相場です。年間にすると6万〜30万円。この金額は、すべての人にとって「当たり前に出せる額」ではありません。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、相対的貧困率は約15.4%。約6.5人に1人が、生活に必要な最低限の支出にも苦労している状況です[3]。運動は「無料でもできる」と言う人がいます。確かに、散歩やジョギングにお金はかかりません。でも、安全に走れる場所、適切なシューズ、そしてそれをする時間的・精神的余裕。これらは「タダ」ではないのです。
環境と構造の問題。「個人の怠け」ではない
環境と構造の問題は、個人の努力では解決できません。
地方には公共のスポーツ施設が少ない地域があります。あっても老朽化が進み、利用しにくい場合がある。24時間ジムの増加は都市部の話であり、人口が少ない地域への展開は採算の問題で難しい。
公園のランニングコースがない。歩道が狭くて安全に歩けない。夜道が暗くて女性が一人でジョギングできない。託児サービス付きのジムがない。車椅子で利用できるフィットネス施設が少ない。
これらは「個人の怠け」ではなく、社会のインフラの問題です。
WHOの「身体活動に関するグローバル行動計画2018-2030」では、身体活動の不足は個人の問題ではなく、都市計画、交通政策、教育制度、労働政策を含む「システムの問題」であると明確に位置づけています[4]。安全な歩行空間の確保、自転車インフラの整備、学校での体育の充実、職場での運動機会の提供。これらは政策として取り組むべき課題です。
社会疫学の研究でも、身体活動量と社会経済的地位の関連は繰り返し報告されています。所得が低い地域ほど肥満率が高く、運動施設へのアクセスが乏しく、身体活動量が少ない[5]。これは「意志の弱さ」ではなく、「環境の貧困」です。
精神的な障壁。見えにくいが、深刻
精神的な障壁も、見えにくいけれど深刻です。
うつ病で外出すること自体が困難な人。社交不安障害でジムという空間に行けない人。摂食障害を抱え、運動が「カロリー消費のための強迫行為」になってしまう人。PTSD(心的外傷後ストレス障害)で体を動かすこと自体にトリガーを感じる人。
これらの人々にとって、「運動は心にいい」という情報は、時にプレッシャーになります。「運動すればよくなるのに、それすらできない自分はダメだ」。この罪悪感が、症状をさらに悪化させることがあります。
第76回で「重度のうつには運動だけでは対応できない」と書きましたが、そもそも「運動を始める」こと自体ができない状態が、重度の精神疾患なのです。
「運動しない人が悪い」は暴力である
ここで、一つ大事なことを書いておきます。
この連載で私が伝えたいのは、「運動しない人を責める」ことでは、決してありません。
「動ける人は、動いてほしい」。これが基本のメッセージです。
しかし、「動ける」という前提には、身体的・経済的・環境的・精神的な条件が含まれています。その条件が揃っていない人に「動け」と言うのは、特権的な立場からの押しつけにほかなりません。
私自身、西麻布のクロスフィットジムに通えているのは、いくつかの恵まれた条件が揃っているからです。都心に住んでいること。ジムに通う経済的な余裕があること。朝の時間をコントロールできる仕事であること。重大なケガや疾患がないこと。これらの条件は、自分の努力だけで獲得したものではありません。
「運動しない人が悪い」。この言葉は暴力です。
運動できる環境にいるのに動かないのと、運動したくても環境が許さないのは、まったく違う話です。
動ける人が動く。そして、動けない人を想像する
では、どうすればいいのか。
できる人から始めること。そして、できる人が増えることで、社会を変えていくこと。
運動する人が増えれば、需要が生まれ、より安価なジムが増え、公共の運動施設が改善され、職場に運動プログラムが導入される可能性が高まります。フィンランドでは国策として「Sport for All」政策を推進し、すべての国民が身体活動にアクセスできる環境整備を進めています[6]。日本でも、スポーツ庁が「第3期スポーツ基本計画」で成人の週1回以上の運動実施率を70%にする目標を掲げています。
構造を変えるには時間がかかります。でも、個人の一歩は今日から始められる。その一歩が、やがて構造を動かす力になる。
動ける人が動く。動ける人が声を上げる。動ける人が、動けない人のことを想像する。
それが、この連載を通じて私が願っていることです。
この章のポイント
- 運動できない理由は4つ。身体・時間・経済・環境の障壁。個人の怠けではなくシステムの問題
- 6歳未満の子がいる女性の家事育児時間は1日7時間34分。この非対称に「時間くらいあるでしょう」は通用しない
- WHOも身体活動不足は都市計画・交通政策・労働政策などを含む「システムの問題」と明言している
- 動ける人が動き、動けない人を想像する。その一歩がやがて構造を動かす力になる
参考文献 [1] OECD. Hours Worked (indicator). 2024. [2] 総務省. 令和3年社会生活基本調査. 2022. [3] 厚生労働省. 2022年国民生活基礎調査の概況. 2023. [4] World Health Organization. Global action plan on physical activity 2018-2030: more active people for a healthier world. 2018. [5] Gidlow C, et al. A systematic review of the relationship between socio-economic position and physical activity. Health Educ J. 2006;65(4):338-367. [6] Ministry of Education and Culture, Finland. Sport for All Programme. 2021.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第78回です。 前回 → 第77回「過度な運動は逆効果」