「もっとやれば、もっと効く」。運動の効果を知れば知るほど、この思い込みに引きずられます。週3回が良いなら、毎日やればもっと良いのではないか。30分で効果があるなら、2時間やればもっと良いのではないか。
これは、危険な思い込みです。
オーバートレーニングの底。4年目の38度
クロスフィットを始めて4年目のことでした。
当時の私は、「追い込むこと」に取り憑かれていました。週6日、毎回全力。WOD(Workout of the Day)が終わった後も自主練習を追加し、帰宅後にランニングまでしていました。「もっと速く、もっと重く」。記録を更新することが、自分の価値を証明するような気がしていた。
ある朝、目覚ましが鳴っても体が動きませんでした。疲労感というより、鉛のような重さです。それでもジムに行きました。ウォームアップの段階で、いつもの重量が異常に重く感じる。パフォーマンスは明らかに落ちている。でも「気合が足りない」と思い、さらに追い込みました。
翌日、38度の熱が出ました。3日間寝込みました。回復してジムに戻ったら、以前挙がっていた重量が挙がらない。以前できていた動作が重い。体力が、明らかに後退していたのです。
これがオーバートレーニング症候群でした。
オーバートレーニング症候群の正体
オーバートレーニング症候群(OTS)は、医学的に定義された病態です。
Kreher & Schwartzによる総説では、OTSは「十分な回復を伴わない過剰な運動負荷が蓄積した結果、パフォーマンスが低下し、数週間から数ヶ月にわたって回復しない状態」と定義されています[1]。
その症状は多岐にわたります。
| 領域 | 症状 |
|---|---|
| 身体 | パフォーマンス持続的低下・慢性疲労・安静時心拍数上昇・頻繁な感染症・関節痛/筋肉痛遷延・睡眠障害 |
| 精神 | 意欲低下・集中力欠如・易刺激性・うつ症状・不安感の増大 |
皮肉なことに、「健康のために運動している」はずの人が、運動によって心身ともに不健康になっていくのです。
内分泌系への影響も深刻です。過度な運動はHPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)の機能を攪乱し、コルチゾールの分泌パターンを異常にします[2]。第17回で「強めの運動がストレスホルモンを抑える」と書きましたが、それは適切な休息を挟んだ場合の話です。休息なしに追い込み続ければ、コルチゾールは慢性的に高止まりし、免疫系の抑制、筋分解の促進、脂肪蓄積の増加を引き起こします。
つまり、「痩せたい」「筋肉をつけたい」と思って過剰に運動すると、むしろ脂肪がつきやすく、筋肉が分解されやすい体になるのです。
ボディビルダーと持久系アスリートの心臓リスク
より深刻なリスクもあります。
ボディビルダーやパワーリフターの突然死リスクは、一般人口と比較して無視できない水準にあります。Angell et al.の論文では、ボディビルダーの心血管リスクが指摘されています[3]。極度の減量、脱水、アナボリックステロイドの使用。これらが心臓の構造的・電気的異常を引き起こす可能性があるとされています。
心臓に関するリスクは、ステロイド使用者に限りません。持久系アスリートにも見られます。2012年にMayo Clinic Proceedingsに掲載されたレビューでは、長年にわたるマラソンランナーやウルトラランナーの中に、心房細動のリスク上昇や心筋線維化が見られるケースが報告されています[4]。
「運動すればするほど心臓に良い」というのは、ある閾値を超えると成り立たなくなる。
見た目が「健康そう」な体が、内部では健康を損なっている。これは、外見至上主義的なフィットネス文化の落とし穴です。
用量反応関係の天井
運動の用量反応関係は、薬と同じです。
WHOが推奨する運動量は、週150〜300分の中強度有酸素運動、または75〜150分の高強度有酸素運動、加えて週2日以上の筋力トレーニングです[5]。この範囲を大きく超える運動量が、追加的な健康効果をもたらすというエビデンスは限定的です。
2022年にCirculationに掲載された大規模コホート研究では、週に推奨量の2〜4倍の運動をしている人で最も死亡リスクが低かったものの、それ以上では追加効果がほとんどなく、一部の高強度運動では逆U字カーブ。つまりやりすぎによるリスク上昇。の傾向が見られました[6]。
「もっとやれば効く」には、天井があるのです。
あの失敗から学んだ3つのこと
私があのオーバートレーニングから学んだことは、3つあります。
一つ目は、休息はトレーニングの一部であるということ。筋肉は、運動中に強くなるのではありません。運動で破壊された筋繊維が、休息中に修復・超回復する過程で強くなる。休息なしにトレーニングを続けることは、回復の時間を奪い、壊し続けているだけです。
二つ目は、体のサインを無視しないこと。慢性的な疲労感、睡眠の質の低下、安静時心拍数の上昇、パフォーマンスの停滞。これらはすべて、体が「休め」と言っているサインです。今はウェアラブルデバイスで心拍変動(HRV)を毎朝チェックできます。HRVが普段より低い日は、強度を落とすか休む。この習慣を取り入れてから、オーバートレーニングの兆候に早く気づけるようになりました。
三つ目は、「強さ」の定義を変えること。毎日限界まで追い込むことが「強い」のではない。自分の限界を知り、回復を計画に組み込み、長期的に続けられるペースを見つけること。それが本当の強さです。
9年間のクロスフィットで、週6日を全力でやっていた時期よりも、週4〜5日で休息日をしっかり入れている今のほうが、パフォーマンスは上です。休むことで、むしろ強くなれる。 このパラドックスに気づくまでに、私は4年かかりました。
休むことは、弱さではない
あなたの周りにも、いるかもしれません。毎日2時間トレーニングしている人。休息日を「サボり」だと感じている人。体調が悪くても「ここで休んだら終わりだ」とジムに行く人。
その真面目さ、その情熱は素晴らしい。でも、その方向を少しだけ修正してほしいのです。
「もっとやれば効く」は、ある地点までしか正しくない。その先にあるのは、効果の逓減と、やがてくる逆効果です。
休むことは、弱さではありません。次に動くための、戦略です。
この章のポイント
- オーバートレーニング症候群は医学的に定義された病態。慢性疲労・パフォーマンス低下・免疫低下・精神症状を引き起こす
- 過度な運動はコルチゾールを慢性的に高止まりさせ、むしろ脂肪がつき筋肉が分解される体になる
- 用量反応関係には天井がある。週推奨量の2〜4倍までは死亡リスク低下、それ以上は逆U字カーブ
- 休むことは弱さではなく戦略。週6全力より、週4〜5で休息日を入れる方がパフォーマンスは上がる
参考文献 [1] Kreher JB, Schwartz JB. Overtraining syndrome: a practical guide. Sports Health. 2012;4(2):128-138. [2] Cadegiani FA, Kater CE. Hypothalamic-Pituitary-Adrenal (HPA) Axis Functioning in Overtraining Syndrome. Sports Med. 2017;47(8):1557-1567. [3] Angell P, et al. The cardiovascular risk of bodybuilding. Heart. 2012;98(19):1404-1405. [4] O'Keefe JH, et al. Potential adverse cardiovascular effects from excessive endurance exercise. Mayo Clin Proc. 2012;87(6):587-595. [5] World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020. [6] Lee DH, et al. Long-Term Leisure-Time Physical Activity Intensity and All-Cause and Cause-Specific Mortality. Circulation. 2022;146(7):523-534.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第77回です。 前回 → 第76回「正直に言っておく:運動は万能薬ではない」