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整骨院5万軒、コンビニ並み

日本にコンビニは約5万6,000軒あります。

では、整骨院(接骨院)は何軒あるか知っていますか? 約5万軒です[1]。ほぼコンビニと同じ数が存在しています。

この数字が意味することを、考えてみてください。


「痛みの国」の実態

日本人の3人に1人が、慢性的な痛みを抱えていると言われています。腰痛、肩こり、膝の痛み。病院に行くほどではないけれど、毎日じわじわと生活の質を下げている痛み。

もう少し詳しく見てみましょう。厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2022年)では、病気やケガの自覚症状の上位は、男性で「腰痛」「肩こり」、女性で「肩こり」「腰痛」です[2]。どの年代でも、筋骨格系の痛みが生活上の困りごとの筆頭に挙がります。

服部政治らの大規模調査によれば、日本の慢性痛の有病率は約22.5%、推定患者数は2,315万人に上ります[3]。この数字は、糖尿病(約1,000万人)や高血圧(約4,300万人)と並ぶ「国民病」と呼んでいいスケールです。

しかも慢性痛の特徴は、「命に関わらないから後回しにされる」ということです。がんや心筋梗塞のような緊急性がないため、政策的な優先順位が低い。でも、当事者にとっては毎日の問題であり、仕事のパフォーマンスや生活の質を確実に蝕んでいきます。


整骨院が5万軒ある構造的理由

その痛みに対して、多くの人が整骨院やマッサージに通います。年間で数千億円が「痛みを和らげる」ために使われています[4]。

なぜ整骨院がこれほど多いのか。その背景には、いくつかの構造的要因があります。

第一に、需要の大きさです。先ほど述べた通り、2,000万人以上が慢性的な痛みを抱えている。病院に行くほどではない、でも放っておくと辛い。その「中間領域」のニーズを整骨院が吸収しています。

第二に、参入障壁の低さです。柔道整復師の国家資格を取得すれば開業できます。養成施設の増加に伴い、柔道整復師の数は2000年代に急増しました。2002年時点で約2万6,000人だった施術所数は、2022年には約5万軒にまで膨れ上がっています[1]。20年で約2倍です。

第三に、保険適用の仕組みです。柔道整復では、骨折・脱臼・捻挫・打撲・挫傷に対して健康保険が適用されます。しかし実際には、慢性の肩こりや腰痛に対しても保険請求が行われているケースが問題視されており、厚生労働省も審査の厳格化を進めています[5]。「3割負担で受けられる」という手軽さが、通院のハードルを下げてきた面は否めません。

一方で、整骨院の急増は供給過多も引き起こしています。1院あたりの患者数が減少し、経営が厳しくなる施術所も増えています。結果として、差別化のために「骨盤矯正」「小顔矯正」といった科学的根拠の乏しい施術メニューが増える。という別の問題も生じています。


「治す」と「やり過ごす」の違い

ここで一つ、問いを立てたいのです。

その痛みは「治して」いるのか、それとも「やり過ごして」いるだけなのか。

医師として病院で見てきた光景があります。

腰が痛い → 病院に来る → 痛み止めをもらう → 少し楽になる → また痛くなる → また来る。

この繰り返しです。痛みの「原因」。筋力不足、姿勢の問題、運動不足。には、ほとんど手が届きません。

対症療法は、壊れた蛇口にバケツを置くようなものです。水は止まらないけど、溢れはしない。でも根本的には何も変わっていない。

これは整骨院だけの話ではありません。病院でも同じです。腰痛で整形外科を受診して、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と湿布を処方される。2週間分の薬がなくなれば、また受診する。画像検査で明らかな異常がなければ、「様子を見ましょう」と言われる。

患者さんも、施術者も、医師も、悪意があるわけではありません。それぞれの立場で、その瞬間にできる最善を尽くしている。でも、システム全体として見ると、「痛みを一時的に緩和する」ことに資源が集中し、「痛みの原因を取り除く」ことには十分な投資が行われていない。


慢性痛の経済コスト

慢性痛が社会にもたらす経済的負担は、想像以上に大きいものです。

日本では、慢性痛による経済損失は年間約1兆9,000億円と推計されています[6]。これには直接的な医療費だけでなく、労働生産性の低下(プレゼンティーズム)や欠勤(アブセンティーズム)による損失が含まれます。

慢性腰痛に限っても、一人あたりの年間コスト(医療費+生産性損失)は約46万円という試算があります[7]。腰痛は日本人の約28%が経験しているとされますから、社会全体での影響は莫大です。

興味深いのは、この経済損失の大部分が「間接コスト」。つまり、仕事のパフォーマンス低下や休業による損失。であることです。痛みを抱えながら出勤する「プレゼンティーズム」の損失は、医療費の直接コストの数倍に上ります。

つまり、慢性痛は「個人の健康問題」であると同時に、「企業の経営課題」であり、「社会の経済問題」でもあるのです。


「強くする」への投資が足りない

もし、整骨院に使っている時間とお金の一部を「壊れない体を作ること」に回したら、何が変わるでしょうか。

もちろん、整骨院や鍼灸が悪いわけではありません。急性の痛みには対症療法が必要です。プロの施術が助けになることも多い。

でも、「治す」に年間数千億円を使い続けて、「強くする」にはほとんど投資しない。この構造には、違和感を覚えます。

海外に目を向けると、興味深い対比があります。スウェーデンでは、腰痛の初期治療として「運動療法」が第一選択肢とされています。フィジカルセラピスト(理学療法士)が個別の運動プログラムを処方し、痛みの原因となっている筋力不足や柔軟性の問題にアプローチする。医師の処方箋で運動プログラムが出される「Physical Activity on Prescription(FaR)」という制度も2001年から導入されています[8]。

日本でも、運動器リハビリテーションの保険点数は設定されています。しかし、実際の臨床現場では、薬の処方と「安静」の指示で完結してしまうケースが少なくありません。理学療法士が運動指導を行う機会は、入院リハビリや術後リハビリに偏りがちで、「予防のための運動指導」には保険が十分にカバーしていないのが現状です。

結果として、日本では「痛くなったら整骨院へ」「痛くなったら病院へ」という事後対応型の構造が定着しています。「痛くならないように体を強くする」という事前投資型の発想は、個人の意識に委ねられたままです。


5万軒が教えてくれること

整骨院が5万軒ある事実は、日本人がいかに「体の痛み」に悩んでいるかを物語っています。

でも、その5万軒のうち、「体の痛みが出ないように予防する」ことを主たるサービスにしている施設がどれくらいあるでしょうか。おそらく、ごくわずかです。

一方で、近年はパーソナルトレーニングジムやファンクショナルトレーニングを提供するスタジオが増えています。「痛みが出てから通う場所」ではなく、「痛みが出ないように通う場所」として。

この流れは、まだ小さい。でも、確実に始まっています。

次回は、この「対症療法のループ」を、もう少し掘り下げます。

その痛みは「治して」いるのか、それとも「やり過ごして」いるだけなのか。

この章のポイント

  • 整骨院は約5万軒、ほぼコンビニと同数。背景には2,300万人の慢性痛人口がある
  • 慢性痛による経済損失は年間約1兆9,000億円。大半はプレゼンティーズム(生産性低下)
  • 「治す」に資源が集中し、「強くする」への投資が著しく不足している
  • スウェーデンでは腰痛初期治療として運動療法が第一選択。日本は事後対応型のまま

参考文献 [1] 厚生労働省. 衛生行政報告例(就業医療関係者). 2022. [2] 厚生労働省. 国民生活基礎調査. 2022. [3] Nakamura M, Nishiwaki Y, et al. Prevalence and characteristics of chronic musculoskeletal pain in Japan. J Orthop Sci. 2011;16(4):424-432. [4] 日本整形外科学会. 慢性疼痛の実態と経済的影響に関する調査. 2020. [5] 厚生労働省. 柔道整復療養費の適正化について. 2023. [6] Inoue S, et al. Chronic pain in the Japanese community: prevalence, characteristics and impact on quality of life. PLoS One. 2015;10(6):e0129262. [7] Itoh H, et al. The economic burden of chronic low back pain in Japan. J Orthop Sci. 2013;18(6):893-900. [8] Kallings LV, et al. Physical activity on prescription in primary health care: a follow-up of physical activity level and quality of life. Scand J Med Sci Sports. 2008;18(2):154-161.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第18回です。 前回 → 第17回「ストレスホルモンを抑える最も簡単な方法」