海外のホテルに泊まると、朝6時のジムにすでに人がいます。スーツ姿のビジネスパーソンが、トレッドミルを走っている。ダンベルを持ち上げている。カジュアルに、当たり前のように。
日本のホテルのジムは、同じ時間帯にほぼ誰もいません。
この光景の差を、「海外の人は意識が高いから」で片付けてしまうのは簡単です。でも、実際に何が起きているのかを数字で見ると、もう少し深い構造が見えてきます。
フィットネス参加率。5倍の差
IHRSA(国際ヘルス・ラケット・スポーツクラブ協会)が毎年発表するGlobal Reportは、各国のフィットネスクラブ会員率を追跡しています[1]。2023年のデータを並べてみましょう。
- アメリカ:約23.7%(人口比のフィットネスクラブ会員率)
- イギリス:約15.9%
- ドイツ:約13.4%
- スウェーデン:約22%
- オーストラリア:約17.6%
- カナダ:約18.7%
そして日本は、4〜5%です。
アメリカと比べると約5倍の差。ヨーロッパの多くの国と比べても3〜4倍の開きがあります。
注目すべきは、この差が拡大傾向にあることです。2010年代後半から、欧米ではコロナ禍の一時的な落ち込みを経て、フィットネス参加率は回復どころか上昇基調にあります。一方、日本のフィットネスクラブ会員数は約350万〜400万人前後で長年横ばいです[2]。
人口比で見ると、日本はOECD加盟国の中でも最低水準に位置しています。
「意識が高い」のではなく「合理的」
「海外の人は意識が高いから」。と片付けるのは簡単です。
でも、実際に海外のジムで見た光景は、「意識の高さ」とは少し違いました。
アメリカのジムには、いろんな人がいます。太った人も痩せた人も、若い人も年配の人も。完璧な体を目指しているわけではなく、「メンテナンスの一環」として通っている。歯を磨くのと同じくらいの感覚で、ジムに行っている。
「意識が高い」のではなく、「合理的」なのだと感じました。
この「合理性」には背景があります。アメリカでは医療費が高額です。風邪で病院に行くだけで数万円かかることも珍しくありません。だからこそ、「予防」に投資するインセンティブが強い。ジムの月額8,000〜12,000円は、医療費と比較すれば圧倒的に安い「保険」です。
イギリスのNHS(国民保健サービス)では、GPと呼ばれるかかりつけ医が運動処方(exercise on prescription)を出すことがあります[3]。つまり、「薬の代わりに運動を処方する」仕組みが公的医療の中に組み込まれています。2014年に始まったこのプログラムでは、うつ病や糖尿病の初期段階で「まずジムに通ってみましょう」と処方されます。運動が医療行為として正式に認められているのです。
スウェーデンでは、多くの企業が「フリスクバード」(friskvårdsbidrag)と呼ばれる福利厚生制度を持っています。従業員一人あたり年間約5,000クローナ(約7万円)まで、フィットネスやスポーツ活動の費用を非課税で補助する制度です。国が「運動は投資である」と認め、税制で後押ししている。
こうした仕組みが「合理的な選択」としての運動を支えているのです。
文化的な背景。「頑張る」と「コンディショニング」の差
この違いは、文化的な背景からも来ています。
日本では運動は「頑張るもの」「しんどいもの」というイメージが強い。部活の記憶が、運動と苦しさを結びつけている(これは次回以降に詳しく書きます)。
笹川スポーツ財団の調査によれば、日本人が運動をしない理由のトップは「面倒くさい」「時間がない」ですが、その背景には「運動=気合を入れてやるもの」という前提が隠れています[2]。
一方、欧米では運動は「コンディショニング」です。体を良い状態に保つための日常的な行為。特別な意志も、特別なモチベーションも必要ない。
この差は言葉にも表れています。英語の「workout」は「仕事をする(work out)」から来ており、運動は「こなすもの」というニュアンスがあります。「exercise」も「練習・実行する」という意味です。一方、日本語の「運動」は学校教育の文脈で使われることが多く、「体育」「部活」「トレーニング」。いずれも「努力」や「鍛錬」のニュアンスを帯びています。
ハーバード大学の進化生物学者ダニエル・リーバーマンは、著書『運動の神話』(Exercised)の中で、人間は本来「不必要な運動を避けるようにプログラムされている」と述べています[4]。つまり、「運動しないこと」は怠惰ではなく、進化的に正常な反応です。だからこそ、運動を「特別な努力」ではなく「日常の仕組み」に落とし込むことが重要になります。
欧米の人々が「意識が高い」のではなく、運動を日常に組み込む社会的仕組み。医療制度、企業の福利厚生、税制優遇、文化的規範。が整っているのです。
朝にジムに行く人が多い理由
もう一つ、「朝」という時間帯にも意味があります。
アメリカの調査では、運動を継続できている人の約60%が午前中に運動しているというデータがあります[5]。これには生理学的な裏付けがあります。
コルチゾール(覚醒ホルモン)は起床後30分〜1時間でピークを迎えます。このタイミングで運動すると、体が最も活性化しやすい。また、朝に運動を済ませることで、午後以降のスケジュールに左右されずに習慣を維持できます。
行動科学の研究でも、朝のルーティンは「意志力の消耗が少ない」とされています。一日の中で意志力は有限なリソースであり、夕方になるほど判断疲れによって運動をスキップしやすくなる。朝のうちに「最も重要だが緊急でないこと」を片付けるのは、スティーブン・コヴィーの「第二領域」の考え方とも一致しています[6]。
海外のホテルで朝6時にジムにいるビジネスパーソンたちは、「意識が高い」のではなく、この合理性を身体で理解している人たちなのです。
日本に足りないのは「気合」ではなく「仕組み」
この発想の違いが、参加率の5倍の差を生んでいます。
「意識高い系」ではなく、「合理的な選択」としての運動。
この視点を持つだけで、運動へのハードルは大きく下がるはずです。
日本に必要なのは、「もっと頑張れ」というメッセージではありません。運動を日常に組み込むための仕組み。企業の福利厚生、医療との連携、ジムの多様化、入口のハードルの低減。を設計することです。
歯を磨くのに「意識の高さ」は必要ありません。運動も、本来はそうであるべきです。
この章のポイント
- 日本のフィットネス参加率は欧米の1/3〜1/5。人口比でOECD最低水準
- 欧米の人は「意識が高い」のではなく「合理的」。医療制度・福利厚生・税制など、運動を日常に組み込む仕組みが整っている
- 日本語の「運動」は「頑張るもの・しんどいもの」のニュアンスが強い。欧米では「コンディショニング」として日常に組み込まれる
- 日本に足りないのは「気合」ではなく「仕組み」。歯磨きに意識の高さが必要ないように、運動もそうあるべき
参考文献 [1] IHRSA. The IHRSA Global Report 2023. International Health, Racquet & Sportsclub Association. [2] 笹川スポーツ財団. スポーツライフ・データ 2023. [3] NHS England. Exercise Referral Schemes: Guidance for commissioners. 2014. [4] Lieberman DE. Exercised: Why Something We Never Evolved to Do Is Healthy and Rewarding. Pantheon Books, 2021. [5] Schumacher LM, et al. Consistent morning exercise may be beneficial for individuals with obesity. Exerc Sport Sci Rev. 2020;48(4):201-208. [6] Covey SR. The 7 Habits of Highly Effective People. Free Press, 1989.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第41回です。 前回 → 第40回「ビジネスアスリートという生き方」