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仲間と動くほうが幸せな理由

一人で走るのと、誰かと一緒に走るのでは、何が違うのか。

カロリー消費は同じかもしれません。でも、心への効果は違います。


運動は「社会的に伝染する」

運動は「社会的に伝染する」ことがわかっています。

ハーバード大学の研究者たちが行ったフラミンガム心臓研究のネットワーク分析によると、友人が運動を始めると、自分も運動を始める確率が有意に上がります[1]。運動する友人がいる人は、そうでない人に比べて運動を継続する確率も高い。

逆もまた然りです。動かない人の周りでは、動かないことが「普通」になっていきます。

この「社会的伝染」は、デジタルの世界でも確認されています。MITの研究チームがランニングアプリの110万人のデータを分析したところ、友人が普段より多く走った日には、自分も走る距離が伸びる傾向が明確に見られました[2]。しかも、この伝染は「速い人から遅い人へ」だけでなく、「遅い人から速い人へ」も起きていた。つまり、周囲が走っていること自体が、自分を動かすトリガーになるのです。


「一緒にきつい」ことの不思議な効力

クロスフィットが面白いのは、この「社会的伝染」を構造的に組み込んでいる点です。

一人ではやりません。毎回、クラスで同じメニューをやります。隣の人と同じWOD(Workout of the Day)をこなし、終わった後にハイタッチする。きつかった日は「きつかったね」と笑い合う。

この「共有体験」が、運動を「やらなければならないこと」から「行きたい場所」に変えます。

オックスフォード大学の研究グループは、ボート部の選手を対象に興味深い実験を行いました[3]。同じ強度のトレーニングを、一人で行った場合とチームで行った場合で比較したところ、チームで行った場合のほうがエンドルフィン(脳内の鎮痛物質)の分泌が有意に多かった。

つまり、同じ「きつさ」でも、一緒にやると体がより多くの「快感物質」を出してくれるのです。これは「集団的エフェルベセンス(collective effervescence)」。社会学者デュルケームが名づけた「集団的な高揚感」。の生物学的な基盤かもしれません。

祭りやライブコンサートで感じる一体感と、クロスフィットのクラスで全員がヘトヘトになった後に感じる高揚感は、根っこでつながっている可能性があります。


フィットネスの離脱率と「コミュニティの力」

フィットネスクラブの離脱率は63%というデータがあります[4]。つまり、始めた人の6割以上がやめる。でも、コミュニティ型のフィットネス。クロスフィットやグループレッスン。は、離脱率が有意に低いことがわかっています。

なぜでしょうか。

2017年のアメリカスポーツ医学会(ACSM)のレポートでは、グループでの運動プログラムは、個人での運動に比べて12ヶ月後の継続率が約40%高いと報告されています[5]。

ペンシルベニア大学の研究チームは、その理由を「社会的アカウンタビリティ(説明責任)」に求めています[6]。「一人だけの約束」は簡単に破れますが、「誰かとの約束」は破りにくい。火曜日の朝7時にジムで会うと言った友人がいれば、アラームを止めて二度寝するのが難しくなる。

さらに、カンザス大学の研究では、友人と一緒に運動を始めた人は、一人で始めた人に比べて、6ヶ月後の継続率が2倍以上だったという結果が出ています[7]。

理由はシンプルです。仲間がいるから。


「社会的つながり」そのものがメンタルヘルスを守る

ここで少し視点を広げます。

2023年にWHOが「孤独と社会的孤立」を「公衆衛生上の重大な脅威」として宣言しました[8]。孤独の健康リスクは「1日15本の喫煙」に匹敵するというデータがあります。

アメリカでは、公衆衛生長官(Surgeon General)のヴィヴェック・マーシーが2023年に「孤独の流行(Epidemic of Loneliness)」と題した報告書を発表し、社会的つながりの欠如が心臓病、脳卒中、認知症のリスクを高めることを警告しました[9]。

日本でも状況は深刻です。内閣府の調査によると、「孤独を感じる」と回答した人は全体の約36%に上ります[10]。特に20〜30代の若年層と、一人暮らしの高齢者で孤独感が高い。

運動コミュニティは、この「孤独の流行」に対する一つの解決策になり得ます。

なぜなら、運動グループには「目的」と「定期性」と「身体的共有体験」がある。「週に3回、同じ場所で、同じきつさを一緒に乗り越える」というのは、社会的つながりを形成するのに最適な条件なのです。


parkrunという世界的実験

イギリスで始まった「parkrun」という活動をご存知でしょうか。

毎週土曜日の朝、公園で5kmを走る(歩いてもいい)。無料で、誰でも参加できる。タイムは計測するが、競争ではない。それだけのシンプルなイベントです。

2004年にロンドンのブッシーパークで13人が始めたこの活動は、2024年には世界23カ国、800以上の開催地で、毎週数百万人が参加するまでに成長しました[11]。

parkrunの研究から、興味深い結果が得られています。参加者の87%が「社会的なつながり」を参加の主な理由に挙げており、72%が「精神的な健康が改善した」と報告しています[12]。

注目すべきは、parkrunの参加者の多くが「ランナー」ではないということです。参加者の約30%は歩いて完走しており、平均ペースは30〜35分。つまり、キロ6〜7分の「早歩き〜ゆっくりジョギング」です。速さは問わない。大事なのは、毎週同じ時間に同じ場所で、知り合いの顔を見ること。

日本でもparkrunは2019年から複数の都市で開催されていますが、認知度はまだ低い。しかし、このモデルが示しているのは、「仲間と動く」ことのインフラは、驚くほど低コストで作れるということです。


9年間の西麻布で学んだこと

9年間、西麻布のジムに通い続けられている最大の理由は、仲間の存在です。

一人だったらとっくにやめていたと思います。でも「明日も来る?」と聞かれると、行く理由ができる。サボった日は「昨日いなかったね」と言われる。この小さなつながりが、習慣を支えてくれます。

クロスフィットのコミュニティで面白いのは、年齢も職業も全く異なる人たちが、同じバーベルの前では対等だということです。20代のプログラマーと50代の経営者が同じWODをやり、同じように床に倒れ込む。普通の社会では交わらない人たちが、「きつかったね」という一言でつながる。

この「きつさの共有」が生む絆は、飲み会や趣味の集まりとは質が違います。体を追い込んだ後の人間は、虚飾が剥がれます。肩書きも立場も関係なくなる。そこに残るのは「一緒に乗り越えた」という事実だけです。


「誰かと一緒に」という処方箋

運動の効果は「一人より仲間」で大きくなります。

もし今、一人で運動しようとして続かないなら、「誰かと一緒に」という選択肢を考えてみてください。友人を誘ってもいいし、グループレッスンに参加してもいい。

具体的な選択肢を挙げておきます。

  • 友人との朝ラン:週1回でいい。SNSでグループを作って「走った」を報告し合うだけでも効果がある
  • 地域のランニングクラブ:多くの自治体がスポーツセンターでグループ運動教室を開催しています
  • クロスフィット / グループフィットネス:構造化されたグループ運動の代表格
  • parkrun:無料、参加登録だけでOK
  • オンラインコミュニティ:Stravaなどのランニングアプリでバーチャルに「仲間」を作ることもできる

動くことは、つながることでもあります。

体を追い込んだ後の人間は、虚飾が剥がれます。肩書きも立場も関係なくなる。そこに残るのは「一緒に乗り越えた」という事実だけです。

この章のポイント

  • 運動は「社会的に伝染する」。友人が運動するほど、自分も運動を続けやすくなる
  • オックスフォードのボート部研究:チームで運動するとエンドルフィン分泌が単独より多い
  • グループでの運動プログラムは個人での運動より12ヶ月後の継続率が約40%高い
  • 孤独は「1日15本の喫煙」に匹敵する健康リスク。運動コミュニティは孤独への解決策になる

参考文献 [1] Christakis NA, Fowler JH. The spread of obesity in a large social network over 32 years. N Engl J Med. 2007;357(4):370-379. [2] Aral S, Nicolaides C. Exercise contagion in a global social network. Nat Commun. 2017;8:14753. [3] Cohen EE, et al. Rowers' high: behavioural synchrony is correlated with elevated pain thresholds. Biol Lett. 2010;6(1):106-108. [4] IHRSA. The IHRSA Global Report 2023. International Health, Racquet & Sportsclub Association. [5] American College of Sports Medicine. ACSM's Guidelines for Exercise Testing and Prescription, 11th ed. 2022. [6] Centola D. How Behavior Spreads: The Science of Complex Contagion. Princeton University Press. 2018. [7] Wing RR, Jeffery RW. Benefits of recruiting participants with friends and increasing social support for weight loss and maintenance. J Consult Clin Psychol. 1999;67(1):132-138. [8] WHO. Social isolation and loneliness among older people: advocacy brief. 2021. [9] U.S. Surgeon General. Our Epidemic of Loneliness and Isolation. 2023. [10] 内閣府. 孤独・孤立の実態把握に関する全国調査. 2023. [11] parkrun Global. Annual Report 2023. [12] Stevinson C, Hickson M. Exploring the public health potential of a mass community participation event. J Public Health. 2014;36(2):268-274.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第16回です。 前回 → 第15回「7,000歩で心が変わる」