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壊れない体を作るという発想

前回、対症療法のループについて書きました。

痛い → 休む → 弱くなる → また痛い。このループを断ち切るには、「治す」とは違うアプローチが必要です。

「壊れない体を作る」という発想です。


プレハビリテーションという概念

スポーツの世界には「プレハビリテーション」という概念があります。

リハビリテーション(rehabilitation)が「壊れた後に戻す」ことなら、プレハビリテーション(prehabilitation)は「壊れる前に備える」こと[1]。

アスリートは、ケガをしてからトレーニングを始めるのではなく、ケガをしないためにトレーニングをしています。弱い部分を事前に見つけ、補強する。壊れやすい箇所を予防的にケアする。

この考え方は、アスリートだけのものではありません。

実は、プレハビリテーションの概念は近年、一般の医療分野にも急速に広がっています。特に注目されているのが「手術前プレハビリテーション」です。大きな手術を受ける患者さんに、手術の数週間前から運動療法や栄養指導を行い、体力を高めた状態で手術に臨むというアプローチです。

Moran らのメタ分析(2016年)は、腹部手術前のプレハビリテーションが術後合併症を有意に減少させ、入院期間を短縮することを示しました[2]。体が強い状態で手術を受ければ、回復も早い。考えてみれば当然のことですが、この「当然のこと」が体系的に実践されるようになったのは、ごく最近のことです。


一般人にこそ必要な「事前投資」

デスクワーカーの腰痛。加齢による膝の痛み。肩こりからくる頭痛。

これらの多くは、「壊れてから病院に行く」のではなく、「壊れる前に体を強くする」ことで予防できる可能性があります。

エビデンスを見てみましょう。

Lauersen らの大規模メタ分析(2014年)は、運動がスポーツ傷害の予防にどれだけ効果があるかを調べた画期的な研究です[3]。25の試験、26,610人の参加者のデータを統合した結果、以下のことがわかりました。

  • 筋力トレーニングは、傷害リスクを約3分の1に減少させた(リスク比0.315)
  • 複合的な運動プログラムは、傷害リスクを約半分に減少させた
  • ストレッチングだけでは、傷害予防効果は認められなかった

注目すべきは、ストレッチだけでは不十分で、筋力トレーニングが最も効果的だったという点です。多くの人が「柔軟性があればケガしない」と思っていますが、データはそう言っていません。「強い筋肉が関節を守る」というのが、科学が示す答えです。


具体的に何をすればいいのか

では、一般の人が「壊れない体」を作るために、具体的に何をすればいいのか。

特別な道具はいりません。科学的に効果が示されている基本的なアプローチは、以下の3つの領域に集約されます。

コアの安定性を高める

「コア」とは、体幹のインナーマッスル。腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群、横隔膜。を指します。これらの筋肉が適切に働くことで、脊柱が安定し、腰痛のリスクが低下します。

Wang らのメタ分析(2012年)は、コアスタビリティ(体幹安定性)エクササイズが慢性腰痛の予防と改善に効果的であることを示しています[4]。プランク、デッドバグ、バードドッグといった地味なエクササイズですが、その効果は侮れません。

股関節と胸椎の可動域を確保する

Gray Cook のファンクショナルムーブメントの理論では、人間の関節は「安定性が求められる関節」と「可動性が求められる関節」が交互に配置されていると考えます[5]。

腰椎は安定性の関節。股関節と胸椎は可動性の関節。

股関節や胸椎が硬くなると、本来安定すべき腰椎が代償的に動きすぎて痛みが出る。これが、デスクワーカーの腰痛の典型的なメカニズムです。

股関節のストレッチとモビリティワーク、胸椎の回旋エクササイズは、腰痛予防の基本です。

下半身の筋力を維持する

スクワット。人類最古のエクササイズと言ってもいいかもしれません。

スクワットは単に「脚の筋トレ」ではありません。足首、膝、股関節、体幹が連動して働く「全身運動」です。日常生活で最も頻繁に行う動作パターン。椅子から立ち上がる、階段を上る、床のものを拾う。の基盤となる動きです。

Schoenfeld のレビュー(2010年)は、スクワットが下半身の筋力、パワー、筋肥大において最も効果的なエクササイズの一つであることを示しています[6]。しかも、正しいフォームで行えば膝関節への負担は少なく、むしろ膝関節の安定性を高める効果があります。

「膝が悪いからスクワットはできない」という方がいますが、多くの場合は逆です。スクワットをしないから膝の周りの筋肉が弱くなり、膝が不安定になって痛みが出るのです。


週にどれくらいやればいいのか

週に2〜3回、20分あれば十分です。

WHOの身体活動ガイドライン(2020年)は、すべての成人に対して「週2回以上の筋力トレーニング」を推奨しています[7]。これは最低ラインであり、「できれば毎日何かしらの身体活動を」というのが基本メッセージです。

ただし、大事なのは「完璧な週3回のプログラム」ではなく、「継続できるルーティン」です。週2回、15分のボディウェイト(自重)トレーニングでも、やらないよりはるかにいい。

具体的な最小構成としては、以下の5種目があれば基本的な動作パターンをカバーできます。

  1. スクワット(下半身の押す動作)
  2. ヒンジ動作(グッドモーニングやヒップブリッジ)
  3. プッシュアップ(上半身の押す動作)
  4. ロウ(上半身の引く動作)
  5. プランク(体幹の安定性)

各種目を10〜15回、2〜3セット。所要時間は15〜20分です。


修理工場か、設計段階か

修理工場に何度も通うのか、それとも設計段階で強い車を作るのか。

体も同じです。

クロスフィットでは「ファンクショナルムーブメント」。日常生活で使う動作パターンを重視します。重いものを持ち上げる。しゃがんで立ち上がる。頭上に何かを押し上げる。

これらは「競技のための動き」ではありません。「壊れない体を作るための動き」です。

クロスフィットを始めてから、私自身の「壊れにくさ」は劇的に変わりました。医師としての勤務は体力勝負の側面があります。長時間の立ち仕事、不規則な生活リズム、精神的なストレス。以前は週の後半になると腰が重くなり、休日は回復に充てるしかないことがありました。

トレーニングを続ける中で、その「壊れやすさ」が少しずつ変わっていきました。同じ業務量でも体が持つ。疲労からの回復が早い。痛みが出にくくなる。

これは「体力がついた」という単純な話だけではなく、「自分の体の使い方を理解した」ことが大きかったと思います。どう持ち上げれば腰に負担がかからないか。どう立てば長時間でも疲れにくいか。体の動かし方のリテラシーが上がったのです。


予防の文化を作る

壊れてから直すか、壊れない体を作るか。

選べるなら、後者のほうがいいはずです。

フィンランドでは、小学校の体育教育で「身体リテラシー(Physical Literacy)」という概念を重視しています[8]。これは、スポーツの技術を磨くことではなく、「自分の体を理解し、生涯にわたって主体的に動くための能力と意欲を育てる」という考え方です。

日本の体育教育は、長らく「競技スポーツの入口」としての側面が強かった。運動会で速く走ること、部活動で結果を出すこと。その結果、「運動が得意な人はやる、苦手な人はやらない」という二極化が生まれています。

「壊れない体を作る」という発想は、運動の目的を根本から捉え直すことでもあります。速く走るためでも、試合に勝つためでもなく、「自分の体を自分で守る」ために動く。

その発想を持てるかどうかが、10年後、20年後の体の在り方を分けるのだと思います。

修理工場に何度も通うのか、それとも設計段階で強い車を作るのか。

この章のポイント

  • プレハビリテーション。「壊れた後に戻す」のではなく「壊れる前に備える」発想
  • 筋トレは傷害リスクを約3分の1に減らす。ストレッチだけでは予防効果は出ない
  • コア安定性・股関節と胸椎の可動性・下半身筋力の3領域が壊れない体の基本
  • 週2〜3回・15〜20分の最小構成(スクワット/ヒンジ/プッシュ/ロウ/プランク)で十分

参考文献 [1] Ditmyer MM, et al. Prehabilitation in practice. Clin Sports Med. 2002;21(3):321-340. [2] Moran J, et al. The role of prehabilitation in reducing major surgical complications: a systematic review and meta-analysis. BMJ Open. 2016;6(9):e012370. [3] Lauersen JB, Bertelsen DM, Andersen LB. The effectiveness of exercise interventions to prevent sports injuries: a systematic review and meta-analysis. Br J Sports Med. 2014;48(11):871-877. [4] Wang XQ, et al. A meta-analysis of core stability exercise versus general exercise for chronic low back pain. PLoS One. 2012;7(12):e52082. [5] Cook G. Movement: Functional Movement Systems. On Target Publications; 2010. [6] Schoenfeld BJ. Squatting kinematics and kinetics and their application to exercise performance. J Strength Cond Res. 2010;24(12):3497-3506. [7] World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. 2020. [8] Whitehead M. Physical literacy: throughout the lifecourse. Routledge; 2010.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第20回です。 前回 → 第19回「対症療法の無限ループ」