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タンパク質の黄金ルール

「タンパク質、足りてますか?」

この質問に自信を持って「はい」と答えられる人は、意外と少ないのではないでしょうか。運動している人でさえ、実際に計算してみると必要量に達していないケースが非常に多い。タンパク質は、三本柱の「食べる」の中で、最も意識すべき栄養素です。

数字で見る「足りていない」現実

運動をする人に必要なタンパク質の量は、体重1kgあたり1.6gとされています。これは、2018年にBritish Journal of Sports Medicineに掲載された、49の研究・1,863名のデータを統合した大規模メタ分析の結論です[1]。

体重70kgの人なら、1日112g。体重60kgの人でも96g。

この数字が実際にどれくらいの食事量を意味するのか、具体的に見てみましょう。

  • 鶏むね肉100g → タンパク質 約23g
  • 鮭の切り身1切れ(80g) → タンパク質 約18g
  • 卵1個 → タンパク質 約6g
  • 納豆1パック → タンパク質 約8g
  • 牛乳200ml → タンパク質 約7g
  • 木綿豆腐150g → タンパク質 約10g
  • ご飯1杯(150g) → タンパク質 約4g

鶏むね肉だけで112gを摂ろうとすると、約500g。約5枚分が必要です。朝昼晩にそれぞれ鶏むね肉を170g食べる計算。意識しないとまず足りません。

一般的な日本人の食事では、タンパク質の摂取量は1日60〜70g程度です。国民健康・栄養調査のデータでは、30〜40代男性の平均タンパク質摂取量は約75g、女性は約60gとされています[2]。運動をしている人にとっては、明らかに不足しています。

さらに問題なのは、日本人のタンパク質摂取量は長期的に減少傾向にあることです。1995年の平均摂取量は約82gでしたが、2019年には約71gにまで減少しました。食の欧米化で摂取カロリーは増えているのに、タンパク質は減っている。炭水化物と脂質の比率が上がっているのです。

なぜタンパク質が重要なのか。4つの理由

理由1:筋タンパク質合成(MPS)の原料

筋タンパク質合成。つまり、運動で壊れた筋繊維を修復し、より強い筋肉を作るプロセス。には、十分なタンパク質が不可欠です[3]。

トレーニングは筋繊維に微細な損傷を与えます。この損傷を修復する際に、筋繊維は以前より太く、強くなります。これが「超回復」の原理です。しかし、修復の「材料」であるアミノ酸が不足していれば、いくらトレーニングしても筋肉は効率的に成長しません。

マクマスター大学のStuart Phillipsらの研究では、レジスタンストレーニング後のタンパク質摂取が筋タンパク質合成率を最大で300%向上させることが示されています[3]。逆に、タンパク質が不足した状態では、筋タンパク質分解が合成を上回り、筋肉量はむしろ減少します。

理由2:食事誘発性熱産生(DIT)が最も高い

三大栄養素(タンパク質、脂質、炭水化物)の中で、タンパク質は食事誘発性熱産生(DIT:食べ物を消化・吸収する際に消費されるエネルギー)が最も高い栄養素です。タンパク質のDITは約20〜30%で、炭水化物の5〜10%、脂質の0〜3%と比べて圧倒的です[4]。

つまり、タンパク質100kcalを食べると、消化だけで20〜30kcalが消費されます。同じカロリーでも、タンパク質の割合が高い食事の方が、実質的な摂取カロリーは低くなるのです。

理由3:満腹感の持続

タンパク質は、三大栄養素の中で最も満腹感を持続させます。メカニズムは複数あります。胃の排出速度を遅くすること、満腹ホルモン(PYY、GLP-1)の分泌を促進すること、空腹ホルモン(グレリン)の分泌を抑制すること。

2005年のAmerican Journal of Clinical Nutritionに掲載された研究では、タンパク質のカロリー比率を15%から30%に増やしたグループは、1日の摂取カロリーが平均441kcal減少したと報告されています[5]。意志力で食べる量を減らしたのではなく、自然と食欲が落ち着いたのです。

理由4:加齢に伴う筋肉量減少(サルコペニア)の予防

30歳を過ぎると、何もしなければ筋肉量は年間約0.5〜1%ずつ減少していきます。このサルコペニア(加齢性筋肉減少症)は、60歳以降に加速し、転倒リスクの増加、基礎代謝の低下、骨粗鬆症のリスク上昇など、多くの健康問題につながります。

十分なタンパク質摂取と運動の組み合わせは、サルコペニアの最も効果的な予防策です。特に中高年では、タンパク質の必要量がさらに高まるとする研究もあり、体重1kgあたり1.2〜1.6gを推奨する専門家もいます[6]。

「タイミング」と「分配」の科学

タンパク質は、総量だけでなく「いつ、どれだけ摂るか」も重要です。

1回あたりの最適量:20〜40g

1回の食事で筋タンパク質合成を最大限に刺激するのに必要なタンパク質量は、約20〜40gとされています。これは体重や運動強度、年齢によって異なりますが、おおよそ20gでMPSの80%が刺激され、40gでほぼプラトーに達します[3]。

つまり、1回で80g摂るより、20〜30gを3〜4回に分けて摂る方が、筋タンパク質合成の効率は高い。朝食に30g、昼食に30g、夕食に30g、間食で20g。こうした分配が理想的です。

朝食のタンパク質が最も重要

日本人の食事パターンで最も問題なのは、朝食のタンパク質が極端に少ないことです。トーストとコーヒーだけ、おにぎりだけ、あるいは朝食を抜く。こうした食事パターンでは、朝のタンパク質摂取が10g以下になることも珍しくありません。

名古屋大学の研究グループは、タンパク質を朝に多く摂るグループと夕方に多く摂るグループを比較し、朝に多く摂るグループの方が筋肉量の増加が大きかったと報告しています[7]。朝のタンパク質は、体内時計のリセットにも寄与します(第35回参照)。

運動後の「ゴールデンタイム」は存在するか

「運動後30分以内にタンパク質を摂らないと意味がない」。いわゆる「アナボリック・ウィンドウ」の概念は、近年の研究では見直されています。2013年のメタ分析では、運動後のタンパク質摂取のタイミングよりも、1日のタンパク質総摂取量の方が筋肉量への影響が大きいことが示されています[8]。

ただし、空腹状態でトレーニングした場合や、次の食事までの時間が長い場合は、運動後早めにタンパク質を摂取する意義はあります。「30分以内に絶対」というルールに縛られる必要はありませんが、運動後2〜3時間以内にはタンパク質を含む食事を摂ることが望ましいでしょう。

上限値の科学。多ければいいわけではない

ただし、多ければいいというわけではありません。

体重1kgあたり2.0g以上のタンパク質摂取は、追加のメリットがほとんどないことが前述のメタ分析で示されています[1]。Mortonらの分析では、タンパク質摂取量と除脂肪体重の増加の関係はプラトーに達し、1.6g/kg/日を超えても統計的に有意な追加効果は認められませんでした。

過剰摂取と腎臓への影響については、長らく議論されてきました。2018年のJournal of Nutritionに掲載された研究では、高タンパク質食(1.8g/kg/日以上)を1年以上摂取しても、健康な成人の腎機能に有意な悪影響はなかったと報告されています[9]。ただし、既存の腎疾患がある場合は、医師と相談の上でタンパク質摂取量を調整する必要があります。

黄金ルールは「体重 x 1.6g」。これを3〜4回の食事に分けて摂る。

シンプルですが、意識しないと難しい数字です。

プロテインシェイクは「ズル」ではない

クロスフィットを始めてから、プロテインシェイクを飲むようになりました。最初は「サプリに頼るのは……」と抵抗がありましたが、食事だけで112gは現実的に難しい。

朝食に卵2個とヨーグルト(タンパク質約20g)、昼食に鶏肉と豆腐(約30g)、夕食に魚と納豆(約25g)。これで75g。残りの37gを食事だけで補おうとすると、もう一食分の肉や魚が必要になります。プロテインシェイク1杯で25〜30g摂取できれば、現実的な不足分をカバーできます。

プロテインは「魔法の粉」ではありません。食品から抽出されたタンパク質です。牛乳からカゼインと乳清(ホエイ)を分離し、乳清を粉末化したものがホエイプロテイン。チーズを作る過程の副産物を精製したものです。

「自然な食事から摂るべき」という考えは理解できます。しかし、現代の食生活で十分なタンパク質を食事だけから摂取するのは、時間的にも経済的にも難しい場合があります。プロテインサプリメントは、あくまで「不足分を補う道具」です。

体に必要なものを、必要な量だけ。これも「体の解像度を上げる」ということです。

この章のポイント

  • 運動する人に必要なタンパク質は体重1kgあたり1.6g。体重70kgなら1日112g。意識しないとまず足りない
  • タンパク質が重要な4つの理由: 筋タンパク質合成の原料、DITが最も高い、満腹感の持続、サルコペニア予防
  • タイミングと分配も重要。1回20〜30gを3〜4回に分ける。特に朝食のタンパク質が鍵
  • 体重×1.6gが黄金ルール。プロテインシェイクは「ズル」ではなく不足分を補う道具

参考文献 [1] Morton RW, et al. A systematic review, meta-analysis and meta-regression of the effect of protein supplementation on resistance training-induced gains in muscle mass and strength. Br J Sports Med. 2018;52(6):376-384. [2] 厚生労働省. 国民健康・栄養調査. 各年度. [3] Phillips SM, Van Loon LJ. Dietary protein for athletes: from requirements to optimum adaptation. J Sports Sci. 2011;29(sup1):S29-S38. [4] Westerterp KR. Diet induced thermogenesis. Nutr Metab. 2004;1(1):5. [5] Weigle DS, et al. A high-protein diet induces sustained reductions in appetite, ad libitum caloric intake, and body weight. Am J Clin Nutr. 2005;82(1):41-48. [6] Bauer J, et al. Evidence-based recommendations for optimal dietary protein intake in older people. J Am Med Dir Assoc. 2013;14(8):542-559. [7] Aoyama S, et al. Distribution of dietary protein intake in daily meals influences skeletal muscle hypertrophy via the muscle clock. Cell Rep. 2021;36(1):109336. [8] Schoenfeld BJ, et al. The effect of protein timing on muscle strength and hypertrophy: a meta-analysis. J Int Soc Sports Nutr. 2013;10(1):53. [9] Devries MC, et al. Changes in kidney function do not differ between healthy adults consuming higher- compared with lower- or normal-protein diets. J Nutr. 2018;148(11):1760-1775.


この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第36回です。 前回 → 第35回「食事が睡眠を変える」