「なんとなく調子いい」を、「数字で確認できる」に変える。 第39回でウェアラブルの話を書きました。今回は、もう少し具体的に「何を測ればいいか」「どう使えばいいか」を整理します。測定は目的ではありません。測定は、体との対話を深めるためのツールです。
なぜ「測る」のか。定量化の科学
「測定できないものは管理できない」。経営学者ピーター・ドラッカーの言葉として広く知られていますが(実際には本人の正確な引用かどうかは議論があります)、この原則は運動にも当てはまります。
行動科学の研究では、自己モニタリング(self-monitoring)が行動変容において最も効果的な戦略の一つであることが繰り返し確認されています[1]。2011年のメタ分析では、自己モニタリングを行う人は行わない人と比較して、体重管理の成功率が有意に高いことが示されました。
ただし、注意が必要です。数字を追うことは「手段」であり「目的」ではありません。 数字に振り回されて精神的なストレスを感じるなら、それは本末転倒です。この記事では、「何を」「どのくらいの頻度で」「どう解釈すべきか」を、医師の視点から整理します。
測るべき4つの指標
指標1:体組成。体重計には乗らなくていい(むしろ乗るな)
体重は、最もよく使われる健康指標ですが、同時に最も誤解されている指標でもあります。
体重だけを見ていると、運動の効果を正しく評価できません。なぜなら、運動を始めると筋肉量が増加し、同時に脂肪量が減少するからです。筋肉は脂肪より比重が大きいため、体重が変わらない。場合によっては増える。のに、体型は引き締まるということがよく起きます。
測るべきは「体組成」です。体脂肪率と筋肉量(除脂肪体重)を分けて見ることで、体の変化を正確に把握できます。
具体的な測定方法:
| 方法 | 特徴 | 目安費用 |
|---|---|---|
| 体組成計(インピーダンス法) | 家庭用。手軽で安価 | 5,000〜15,000円 |
| InBody | 業務用。多くのジムに設置 | 1回500〜1,000円 |
| DEXA | 医療機関で最も精度が高い[2] | 5,000〜15,000円 |
推奨頻度: 月に1回で十分です。体組成の変化は緩やかなので、毎日測定する必要はありません。同じ条件(朝起きてトイレに行った後など)で測定することで、比較の精度が上がります。
注意点: 体脂肪率の「正常値」は性別と年齢によって異なります。男性なら10〜20%、女性なら18〜28%が一般的な健康的範囲とされています[3]。ただし、この数値にこだわりすぎないでください。
指標2:睡眠。最も過小評価されている健康指標
Apple Watch、Oura Ring、WHOOP、Garmin、Fitbitなどのウェアラブルデバイスが算出する「睡眠スコア」は、睡眠の質を可視化してくれます。
測定できる主な要素は以下の通りです。
- 総睡眠時間: 成人の推奨は7〜9時間[4]。6時間未満は睡眠不足とされます
- 深い睡眠の割合: 全体の15〜25%が目安。成長ホルモンの分泌と筋肉の修復に不可欠です
- REM睡眠の割合: 全体の20〜25%が目安。記憶の定着と感情の処理に関わります
- 中途覚醒の回数と時間: 少ないほど睡眠の質が高い
- 入眠潜時: 布団に入ってから眠りにつくまでの時間。15〜20分が理想
運動との関連で注目すべきポイント:
トレーニングした日としなかった日の睡眠スコアを比較してみてください。多くの場合、適度な運動をした日のほうが深い睡眠の割合が増え、睡眠スコアが高くなります[5]。ただし、就寝前2時間以内の激しい運動は、交感神経の活性化により入眠を妨げる可能性があります。
私自身のOura Ringのデータでは、クロスフィットをした日の平均睡眠スコアは82点、休息日の平均は75点でした。特に深い睡眠の時間に顕著な差があります。ただし、非常にハードなトレーニングをした日は、交感神経の亢進が続いて中途覚醒が増えることもあります。「適度」がキーワードです。
指標3:HRV(心拍変動)。自律神経の窓
HRV(Heart Rate Variability:心拍変動)は、心拍と心拍の間隔(R-R間隔)のばらつきを測定する指標です[6]。
少し複雑に聞こえるかもしれませんが、直感的に理解できます。心臓は一定のリズムで鼓動しているように思えますが、実際にはミリ秒単位でリズムが変動しています。この変動が「大きい」ほど、自律神経のバランスが良く、体が回復モードにあることを意味します。変動が「小さい」場合は、体がストレス状態にある可能性があります。
HRVの使い方:
- 朝のHRVが普段より低い → 体が十分に回復していない。 その日のトレーニングは軽めにするか、休息日にする判断材料になります
- HRVが数日間連続で低下傾向 → オーバートレーニングの兆候。 前回の記事で書いた通り、休息を優先すべきサインです
- HRVが安定して高い → 体が十分に回復している。 負荷を上げても良いサインです
推奨デバイス: Apple Watch、Oura Ring、WHOOP、Garminなどが朝のHRVを自動計測してくれます。専門的なHRV計測アプリ(Elite HRVなど)を使えば、より詳細な分析も可能です。
注意点: HRVの絶対値は個人差が大きいため、他人と比較する意味はありません。大事なのは自分自身のベースラインからの変動です。2〜3週間のデータを蓄積して自分の「通常範囲」を把握し、そこからの逸脱を判断基準にしてください。
指標4:トレーニング記録。過去の自分との対話
重量、回数、タイム、ラウンド数。先週の自分と比べて、進歩しているか。停滞しているか。数字は嘘をつきません。
記録すべき内容:
- 日付とメニュー: 何をやったか
- 負荷: 重量、距離、時間
- 主観的運動強度(RPE): 1〜10のスケールで「どのくらいキツかったか」。客観的な負荷と主観的な負荷を照合することで、体調の変化に気づけます
- 体調メモ: 「腰に違和感あり」「今日は調子が良かった」など
推奨ツール: SugarWOD(クロスフィット向け)、Strong(ウェイトトレーニング向け)、Strava(ランニング・サイクリング向け)、または紙のノート。ツールは何でも構いません。続けられるものを選んでください。
クロスフィットでは、同じメニュー(ベンチマークWOD)が定期的に出てきます。「Fran」「Grace」「Cindy」といった名前のついたメニューを、3ヶ月前の自分のタイムと比較できる。数字で成長が見える。 これは強力なモチベーションになります。
日本と海外のウェアラブル活用事情
ウェアラブルデバイスの普及率には、国による差があります。
アメリカでは成人の約30%がウェアラブルデバイスを使用しており、その大半が運動や健康管理に活用しています[7]。特にApple Watchの市場シェアが高く、心電図(ECG)機能による不整脈の検出が医療的にも注目されています。
日本のウェアラブル普及率は約15%で、アメリカの半分程度です[8]。ただし、近年はOura Ringの日本での認知度向上や、Apple Watchの価格低下により、急速に普及が進んでいます。
興味深いのは北欧です。フィンランド発のPolar(ポラール)は、HRV測定の先駆者として知られ、フィンランドの国民的ブランドです。フィンランドでは、ウェアラブルのデータを基に企業の健康経営プログラムが設計されるケースも増えています。
数字との付き合い方。3つのルール
ここまで「何を測るか」を説明してきましたが、最後に「どう付き合うか」について、重要な注意事項を述べます。
ルール1:傾向を見る、点を見ない。 体重が100g増えたことに一喜一憂する必要はありません。体重は水分摂取量、食事の内容、排泄のタイミングで日々1〜2kg変動します。大事なのは1週間、1ヶ月のトレンドです。点ではなく線を見てください。
ルール2:数字は「体の声の翻訳」であり「命令」ではない。 HRVが低いからといって絶対に運動してはいけないわけではありません。数字は判断材料の一つです。最終的には自分の体の感覚と合わせて判断してください。数字が「良い」のに体が「辛い」と言っているなら、体の声を優先してください。
ルール3:測定を義務にしない。 数字を追うことがストレスになるなら、やめてください。特に、体重や体脂肪率の測定が摂食障害やボディイメージの問題を悪化させるリスクがある方は、これらの数値を追う必要はありません[9]。睡眠スコアに固執して逆に眠れなくなる「オルソソムニア(orthosomnia)」と呼ばれる現象も報告されています[10]。
数字は主人ではなく、あくまで使用人です。使われるのではなく、使いこなしてください。
この章のポイント
- 測るべきは4つ。体組成・睡眠・HRV・トレーニング記録。体重だけでは真実は見えない
- HRVは自律神経の窓。ベースラインからの変動で、その日の負荷を調整できる
- 数字は「体の声の翻訳」であり「命令」ではない。最終判断は体の感覚と合わせて
- オルソソムニアのように、測定自体がストレスになるなら手放す。数字は使用人であって主人ではない
参考文献 [1] Burke LE, et al. Self-monitoring in weight loss: a systematic review of the literature. J Am Diet Assoc. 2011;111(1):92-102. [2] Shepherd JA, et al. Body composition by DXA. Bone. 2017;104:101-105. [3] American Council on Exercise. Body fat percentage norms. ACE Fitness. [4] Watson NF, et al. Recommended amount of sleep for a healthy adult: a joint consensus statement. Sleep. 2015;38(6):843-844. [5] Kredlow MA, et al. The effects of physical activity on sleep: a meta-analytic review. J Behav Med. 2015;38(3):427-449. [6] Shaffer F, Ginsberg JP. An overview of heart rate variability metrics and norms. Front Public Health. 2017;5:258. [7] Pew Research Center. About one-in-five Americans use a smart watch or fitness tracker. 2020. [8] 総務省. 令和4年版 情報通信白書; ウェアラブルデバイスの利用状況. [9] Linardon J, Messer M. My fitness pal usage in men: associations with eating disorder symptoms and psychosocial impairment. Eat Behav. 2019;33:7-10. [10] Baron KG, et al. Orthosomnia: are some patients taking the quantified self too far? J Clin Sleep Med. 2017;13(2):351-354.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第74回です。 前回 → 第73回「ケガをしないための知識」