ここで、私自身の選択について正直に書きます。前回まで、運動の入口は5つあると紹介しました。その中で、なぜ私がクロスフィットを選び、9年間続けているのか。メリットもリスクも含めて、偏りなく書きます。
あの日の1時間
9年前、友人に誘われて西麻布のクロスフィットジムに行きました。
「面白いから来てみなよ」としか聞いていなかった。ジムに入ると、バーベルやケトルベルが無造作に並び、壁にはロープがぶら下がっていた。「何だここは」というのが第一印象でした。普通のスポーツジムとは、まるで雰囲気が違う。
ウォームアップから始まり、その日のWOD(Workout of the Day:日替わりメニュー)が説明されました。バーベルのスラスター、プルアップ(懸垂)、ローイング。21-15-9の構成(各種目を21回、15回、9回行う)。「はい、3、2、1、Go!」の合図で、全員が一斉にスタートした。
10分後、私は床に倒れていました。全身がバラバラになるかと思いました。
でも、終わった後の感覚が忘れられなかった。頭がクリアで、体は疲れているのに心が軽い。 不思議な高揚感がありました。帰り道、「また来たい」と思った。あの感覚を、もう一度体験したいと思った。
それから9年。週5回通い続けています。
クロスフィットとは何か
クロスフィットは2000年にグレッグ・グラスマンがアメリカで創設したフィットネスプログラムです。「日常生活のあらゆる動き(Functional Movement)を、高強度(High Intensity)で、常に変化する形(Constantly Varied)で行う」と定義されています[1]。
具体的には、ウェイトリフティング(バーベルやダンベルを使った動き)、体操動作(懸垂、リングディップス、ハンドスタンドなど)、有酸素運動(ランニング、ローイング、バイクなど)の三つの領域を組み合わせたプログラムです。
世界中に15,000以上の認定ジム(「ボックス」と呼ばれます)があり、推定参加者数は数百万人に上ります[2]。日本国内でも2010年代から急速に広がり、現在は全国に200以上のボックスがあります。
毎年開催される「CrossFit Games」は、「地球上で最もフィットな人間」を決める大会として知られ、ESPNでも放映されています。ただし、一般の参加者の大半は競技を目的としておらず、健康と体力の維持・向上のために通っています。
クロスフィットの3つの特徴
クロスフィットの特徴を、他の運動と比較して説明します。
1. 一人でやらなくていい。コミュニティの力
これが最大の特徴です。毎回クラス形式で、みんなで同じメニューをやります。キツい時も、隣の人と一緒に乗り越える。離脱率の壁を超える仕組みが、構造に組み込まれています。
2018年のJournal of Sports Sciencesの研究では、クロスフィット参加者が報告する最大の魅力は「コミュニティ感」であり、これが継続率の高さに直結していることが示されています[3]。従来型のジムの年間継続率が約50%であるのに対し、クロスフィットの継続率は70%を超えるという調査結果もあります。
私自身の体験でも、これは実感します。毎朝6時のクラスに来るメンバーの顔ぶれは、だいたい決まっています。名前を覚え、互いの記録を知り、キツいWODの時は「頑張れ!」と声をかけ合う。この関係性が、「今日は行きたくない」日にも行く理由を作ってくれます。
2. 効率がいい。1時間で完結
1時間のクラスで、有酸素も筋トレもやります。典型的なクラスの構成は以下の通りです。
| パート | 時間 | 内容 |
|---|---|---|
| ウォームアップ | 10分 | 関節の可動域確保、軽い有酸素 |
| スキル/ストレングス | 15分 | 特定の動きの練習や、重い重量でのリフティング |
| WOD | 15〜25分 | 日替わりの高強度メタボリックコンディショニング |
| クールダウン | 5〜10分 | ストレッチ、モビリティワーク |
従来型のジムで有酸素運動30分+筋トレ30分+ストレッチ15分を別々にやると75分かかることが、1時間のクラスで完結します。忙しいビジネスパーソンには大きな利点です。
2013年のJournal of Strength and Conditioning Researchの研究では、クロスフィットのような高強度インターバルトレーニング(HIIT)は、従来の有酸素運動と比較して、同等以上の心肺機能改善効果を約半分の時間で達成できることが示されています[4]。
3. 多様性がある。退屈しない
毎日メニューが違います。月曜日はバーベルのデッドリフトとランニング、火曜日はケトルベルスイングとボックスジャンプ、水曜日はオリンピックリフティング。という具合に、同じメニューが連続することはほとんどありません。
この多様性が、退屈を防ぎます。「今日は何のメニューだろう」という小さな好奇心が、毎日の動機になります。同じことの繰り返しが苦手な人にとって、これは大きな魅力です。
科学的にも、運動の多様性は重要です。2019年のMedicine and Science in Sports and Exerciseの研究では、運動メニューの多様性が高いほど、運動の楽しさと継続率が向上することが確認されています[5]。
リスクとその管理。正直に書く
ここからが大事な部分です。クロスフィットには批判もあります。正直に書きます。
ケガのリスク
強度が高いため、フォームが悪いとケガのリスクがあります。2018年のOrthopaedic Journal of Sports Medicineのシステマティックレビューでは、クロスフィットのケガの発生率は1,000時間あたり0.27〜3.3件と報告されています[6]。この数字は、ランニング(2.5〜12.1件)やサッカー(3.7〜4.8件)と比較して、実は同等か低い水準です。
ただし、この数字には注意が必要です。適切な指導のもとで行われたクロスフィットと、無理な負荷で行われたクロスフィットでは、ケガのリスクが大きく異なります。初心者は必ずコーチの指導のもとで始めるべきです。
横紋筋融解症(ラブドマイオリシス)の懸念
クロスフィットの批判で最も多く挙げられるのが、横紋筋融解症のリスクです。これは過度な運動によって筋細胞が破壊され、ミオグロビンが血中に放出されて腎障害を引き起こす重篤な状態です。医師として言えば、これは実在するリスクですが、適切な負荷管理を行えば極めてまれです[7]。重要なのは、初心者が最初から全力で追い込まないこと、そして「きつすぎる」と感じたら止める勇気を持つことです。
スケーリング。最も重要な概念
クロスフィットには「スケーリング(scaling)」という概念があります。すべてのメニューは、個人の体力レベルに合わせて負荷を調整できます。バーベルが重すぎればPVCパイプ(軽い棒)で代替する。懸垂ができなければゴムバンドで補助する。走れなければ歩く。
良いコーチは、スケーリングを「弱さ」ではなく「賢さ」として推奨する。
「きつすぎる」と感じたら、スケーリングを遠慮なく使ってください。
誰にでも勧めるわけではない
正直に言います。クロスフィットは全員に合うわけではありません。
向かない人もいます。一人で静かに集中したい人、自分のペースを絶対に乱されたくない人、グループの雰囲気が苦手な人には、ジムでの個人トレーニングやランニングのほうが合うかもしれません。
また、費用も考慮すべき要素です。日本のクロスフィットジムの月会費は15,000〜25,000円程度で、24時間ジムの5,000〜10,000円と比較すると高額です。ただし、パーソナルトレーナーをつけた場合のコスト(1回8,000〜15,000円)と比較すれば、毎日コーチの指導を受けられるクロスフィットのコストパフォーマンスは決して悪くありません。
でも、「一人では続かない」「効率よく動きたい」「新しい刺激がほしい」「コミュニティが欲しい」という人には、試してみる価値があります。
体験に行く前に知っておくべきこと
もしクロスフィットに興味を持ったら、以下の点を確認してください。
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「Foundations」プログラムがあるか。 初心者向けの基礎プログラムを提供しているジムを選んでください。いきなり通常クラスに放り込まれるジムは避けたほうが良いでしょう。
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コーチの資格と経験。 CrossFit Level 1以上の資格を持つコーチがいるか。理想的には、Level 2以上やSpecialty Certificate(ウェイトリフティング、体操など)を持つコーチがいるジムが望ましいです。
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雰囲気を体験する。 体験クラスはほとんどのジムで無料または低価格で提供されています。まず行ってみて、「この人たちと一緒にやりたいか」を感じてください。設備よりも人が大事です。
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無理をしない覚悟。 最初から全力を出す必要はありません。「周りについていかなきゃ」と思わないでください。自分のペースで、スケーリングを使って、まず「楽しい」と感じることが最優先です。
この章のポイント
- クロスフィットの継続率が70%超なのは、コミュニティが構造に組み込まれているから
- 1時間で有酸素・筋トレ・スキルが完結する効率と、毎日異なるメニューが退屈を防ぐ
- ケガのリスクはランニングと同等以下。正しい指導とスケーリングが鍵
- 全員に合うわけではない。でも「一人では続かない」人には試す価値がある
参考文献 [1] Glassman G. Understanding CrossFit. CrossFit Journal. 2007;56:1-2. [2] CrossFit, Inc. About CrossFit. https://www.crossfit.com/what-is-crossfit. [3] Box AG, et al. Motivational characteristics and satisfaction in CrossFit participants. J Sports Sci. 2019;37(14):1614-1621. [4] Smith MM, et al. CrossFit-based high-intensity power training improves maximal aerobic fitness and body composition. J Strength Cond Res. 2013;27(11):3159-3172. [5] Sylvester BD, et al. Variety support and exercise adherence behavior: experimental and mediating effects. J Behav Med. 2016;39(2):214-224. [6] Mehrab M, et al. Injury incidence and patterns among Dutch CrossFit athletes. Orthop J Sports Med. 2017;5(12):2325967117745263. [7] Hopkins BS, et al. CrossFit and rhabdomyolysis: a case series of 11 patients presenting at a single academic institution. J Sci Med Sport. 2019;22(7):758-762.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第70回です。 前回 → 第69回「友人を巻き込む。社会的伝染の力」