一人で始めるか、誰かと始めるか。科学の答えは明確です。誰かと一緒のほうがいい。 運動の継続率は、一緒に始める仲間がいるかどうかで劇的に変わります。今日はその科学的メカニズムと、具体的な「巻き込み方」を書きます。
運動は「伝染」する。社会的ネットワーク研究の衝撃
運動は社会的に伝染します。第16回で書いた通り、友人が運動を始めると、自分も運動を始める確率が上がります[1]。
この発見のもとになったのは、ハーバード大学のニコラス・クリスタキスとジェームズ・ファウラーによるフラミンガム心臓研究の社会ネットワーク分析です。1万2,000人以上を32年間追跡したこの研究では、肥満が社会的ネットワークを通じて「伝染」することが示されました[1]。親しい友人が肥満になると、自分が肥満になる確率が57%上昇する。逆に、友人が痩せると、自分も痩せる確率が上がる。
2016年にNature Communicationsに掲載された研究は、この「伝染」をさらに具体的に示しました[2]。110万人のランナーのデータを分析したこの研究では、友人のランニング活動が自分のランニング活動に直接的な影響を与えることが確認されています。友人が普段より10分多く走ると、自分も3分多く走る。友人が普段より1km多く走ると、自分も0.3km多く走る。この影響は、地理的に離れた友人でも観察されました。
運動は感染症のように人から人へ広がる。
逆に言えば、あなたが運動を始めれば、あなたの友人にも影響が及びます。一人が動き始めることで、周囲に波紋が広がる。あなたの行動は、あなただけのものではないのです。
なぜ「一緒に」だと続くのか。5つのメカニズム
「一人より二人のほうが続く」。直感的にはわかります。でも、なぜなのか。行動科学は5つのメカニズムを示しています。
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社会的コミットメント効果 人は、他者に対する約束を自分だけの約束よりも守ろうとします[3]。「明日の朝、一緒にジムに行こう」と友人と約束すると、翌朝「行きたくない」と思っても「ドタキャンするのは申し訳ない」という心理が働きます。アメリカ経済学会の研究では、社会的コミットメント(他者との約束)がある場合、目標達成率が最大で3倍になることが報告されています[3]。
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社会的促進(ソーシャル・ファシリテーション) 1898年にノーマン・トリプレットが発見した古典的な心理学効果です。人は他者がいる状況で、パフォーマンスが向上します[4]。ランニングでも筋トレでも、一人でやるよりも誰かと一緒にやるほうが、強度も持続時間も自然に上がることが確認されています。カンザス大学の研究では、パートナーと一緒に運動した場合、一人で運動した場合と比較して運動時間が最大200%長くなりました。
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ケーラー効果(動機づけ効果) グループの中で自分が最も弱いメンバーだと感じた時、人は「足を引っ張りたくない」というモチベーションでパフォーマンスを向上させます[5]。これを「ケーラー効果」と呼びます。クロスフィットのクラスで、周りの人が懸命にトレーニングしている中、自分だけ手を抜くのは心理的に難しい。この「良い意味での同調圧力」が、個人の限界を引き上げます。
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感情の共有(エモーショナル・コンタジオン) 運動後の達成感、辛いトレーニングを乗り越えた充実感。これらの感情は、一人で経験するよりも、誰かと共有したほうが増幅されます[6]。ポジティブな感情の共有は、次回の運動への動機を強化します。
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アイデンティティの形成 「ジムに通っている個人」から「ランニンググループのメンバー」へ。社会的グループに所属することで、「運動する人」というアイデンティティが強化されます。第71回で詳しく書きますが、アイデンティティの変化は習慣の最も強力な維持装置です。
日本と海外の「運動コミュニティ」事情
運動のコミュニティ文化には、国による大きな違いがあります。
アメリカでは、ランニングクラブ、クロスフィットボックス、ヨガスタジオなどの運動コミュニティが社会インフラとして機能しています。November Projectという朝6時から公園で無料の屋外トレーニングを行うグループは、2011年にボストンで始まり、現在は世界50都市以上に広がっています。参加費は無料で、唯一のルールは「来たら、全力でやる」こと。
イギリスでは「parkrun」が有名です。毎週土曜日の朝9時に公園で5kmを走る(または歩く)無料イベントで、2004年の開始以来、世界23カ国、700以上の会場に広がり、累計参加者数は1,000万人を超えています[7]。タイムを計測しますが、競争ではなく「参加すること」が目的です。
日本でもこうしたコミュニティは急増しています。特に2020年代に入ってから、Instagramを中心に「朝活ランニングクラブ」が各地で立ち上がりました。東京だけでも数十のグループが毎週活動しています。また、ランニングステーション(ランステ)の普及により、走る場所の確保と着替え・シャワーの問題が解消され、仕事の前後にランニングを楽しむ文化が広がっています。
ただし、日本のフィットネスコミュニティには独特の課題もあります。「初心者が入りにくい」という声が多い。既存メンバーの輪ができあがっていて、新参者が疎外感を感じやすい。この問題を解消するために、「初心者歓迎」を明確に掲げるコミュニティを選ぶか、友人と一緒に参加することが有効です。
具体的な「巻き込み方」。5つの方法
では、実際にどうやって友人を巻き込めばいいのか。具体的な方法を5つ紹介します。
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友人を誘ってジムの体験に行く。 一人では行きにくい場所も、誰かと一緒なら行けます。「体験だけ行ってみない?」は、運動を始める最も自然な誘い文句です。体験後に入会するかどうかは、お互いに自由。この気軽さがポイントです。
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ランニングクラブやウェルネスサークルに参加する。 最近、Instagramで急増しているコミュニティです。「朝活ラン」「週末ヨガ」など、気軽に参加できるものが多い。友人と一緒に参加すれば、新しい環境に飛び込むハードルが下がります。
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会社の同僚と「運動部」を作る。 福利厚生としてジム代を補助する企業も増えています。同僚と一緒なら、サボりにくい。週に1回、昼休みに一緒に歩くだけでも立派な「運動部」です。経済産業省が推進する「健康経営」の流れもあり、企業側もこうした取り組みを歓迎する傾向にあります。
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パートナーや家族と一緒に始める。 生活を共にしている人と運動を共有すると、生活リズム全体が変わります。2018年のJAMA Internal Medicine掲載の研究では、パートナーが運動を始めた人は、パートナーが運動しない人と比較して、自分も運動を始める確率が5.3倍高かったことが報告されています[8]。家庭内での行動伝染は、友人間よりもさらに強力です。
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SNSで運動記録を共有する。 StravaやNike Run Clubなどのアプリで運動記録を友人と共有すると、相互のモチベーションが高まります。2017年のMIT Sloan Management Reviewの研究では、ソーシャルフィットネスアプリでつながっている友人の運動が、自分の運動を促進する効果があることが確認されています[2]。ただし、SNSは比較と劣等感を生む可能性もあるため、「記録の共有」は「競争」にならないよう注意が必要です。
私のクロスフィットコミュニティ
正直に言います。9年間クロスフィットを続けられた最大の理由は、コミュニティです。
最初に体験に誘ってくれた友人。毎朝6時に一緒にトレーニングする仲間。調子が悪い日に「来ただけで偉い」と声をかけてくれるコーチ。個人戦績を競うのではなく、全員がお互いを応援する文化。
ある日、仕事のストレスで2週間ジムに行けなかった時期がありました。3週目の月曜日の朝、ジムに行くと、仲間が「おかえり!」と声をかけてくれました。「どうしてた?大丈夫?」と心配してくれた。あの瞬間、「ああ、ここに自分の居場所がある」と思いました。
これは一人でジムに通っていたら、決して得られなかった経験です。
「一人で始めて続けられなかった」あなたへ
「一人で始めて続けられなかった」経験がある人は、次は「誰かと一緒に」を試してみてください。
友人と一緒に運動プログラムに参加した場合、一人で参加した場合と比較して、プログラム完了率が3倍以上高かったという研究結果があります[9]。さらに、友人と一緒に参加した人は、プログラム終了後も運動を継続する確率が有意に高かった。
あなたが運動を続けられなかったのは、意志力が弱かったからではありません。仕組みが足りなかっただけかもしれません。
「誰かと一緒に」は、最も強力な仕組みの一つです。
今日、誰かに「一緒に歩かない?」とメッセージを送ってみてください。その一通が、あなたの運動習慣を変えるかもしれません。そして、あなたの友人の運動習慣も変えるかもしれません。
この章のポイント
- フラミンガム研究・Nature Communications研究が示した通り、運動は社会的ネットワークを通じて伝染する
- 続く理由は5つ。コミットメント・社会的促進・ケーラー効果・感情共有・アイデンティティ形成
- パートナーが運動を始めると、自分も始める確率が5.3倍。家庭内の行動伝染は最も強力
- 続かなかったのは意志力ではなく、仕組みの問題。「誰かと一緒に」は最も強力な仕組みの一つ
参考文献 [1] Christakis NA, Fowler JH. The spread of obesity in a large social network over 32 years. N Engl J Med. 2007;357(4):370-379. [2] Aral S, Nicolaides C. Exercise contagion in a global social network. Nat Commun. 2017;8:14753. [3] Royer H, Stehr M, Sydnor J. Incentives, commitments, and habit formation in exercise. Am Econ J Appl Econ. 2015;7(3):51-84. [4] Triplett N. The dynamogenic factors in pacemaking and competition. Am J Psychol. 1898;9(4):507-533. [5] Kerr NL, Hertel G. The Köhler group motivation gain: how to motivate the "weak links" in a group. Soc Personal Psychol Compass. 2011;5(1):43-55. [6] Rimé B. Emotion elicits the social sharing of emotion: theory and empirical review. Emot Rev. 2009;1(1):60-85. [7] parkrun Global. parkrun in numbers. 2024. https://www.parkrun.com. [8] Jackson SE, et al. The influence of partner's behavior on health behavior change. JAMA Intern Med. 2015;175(3):385-392. [9] Wing RR, Jeffery RW. Benefits of recruiting participants with friends and increasing social support for weight loss and maintenance. J Consult Clin Psychol. 1999;67(1):132-138.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第69回です。 前回 → 第68回「入口は5つある」