「筋トレ」と聞いて、何を思い浮かべますか。ボディビルダーのような巨大な体。ゴールドジムのタンクトップ。プロテインを何杯も飲む人。
多くの人がこのイメージを持っています。そして、「自分はああなりたくないから筋トレはしない」と思う。でも、これは大きな誤解です。
「筋トレ=ボディビル」という固定観念
この誤解は、日本特有の文化的背景と深く結びついています。
日本で「筋トレ」が一般にイメージされるようになったのは、1980〜90年代のボディビルブームの影響が大きいとされています。テレビ番組やバラエティで「マッチョ」が取り上げられる時、それは多くの場合「笑い」の文脈でした。ステレオタイプ化された「筋肉バカ」のイメージが流通し、「筋トレをする人=ちょっと変わった人」という認識が固定されました。
しかし、世界的に見れば、レジスタンストレーニング(筋力トレーニング)は医学的に最も推奨されている運動形態の一つです。WHOの身体活動ガイドライン(2020年)は、すべての成人に対して「週2回以上の筋力トレーニング」を明確に推奨しています。これは心臓病、糖尿病、骨粗鬆症、サルコペニア(加齢性筋肉減少症)の予防において、有酸素運動だけでは不十分であることが研究で示されているからです。
シドニー大学の大規模研究(2017年)は、筋力トレーニングを行う人はそうでない人と比べて、全死亡リスクが23%低下し、がん関連死亡リスクが31%低下することを報告しています。しかもこの効果は、有酸素運動の効果とは独立していました。つまり、走るだけでなく、「持ち上げる」ことにも固有の健康効果があるのです。
「正解の体」は存在しない
筋肉を大きくすること(筋肥大)は、運動の目的の一つにすぎません。
健康のため。メンタルのため。体力維持のため。見た目を少しだけ変えたいため。美容のため。ストレス発散のため。
目的は人それぞれ。「正解の体」は存在しません。
この点について、ボディイメージ研究の知見は重要です。心理学者トーマス・キャッシュは、ボディイメージ(自分の体に対する認知と感情)が自己評価やメンタルヘルスに大きな影響を与えることを長年研究してきました。キャッシュの研究によれば、「理想の体」に対する過度な執着は、摂食障害、うつ病、不安障害のリスク因子になります。
問題は、メディアが提示する「理想の体」が極端に偏っていることです。男性向けメディアは「デカい体」を、女性向けメディアは「極端に細い体」を理想として提示します。しかし、これらは人口の1%にも満たない極端な体型であり、ほとんどの人にとって達成不可能なだけでなく、達成する必要もない目標です。
筋力トレーニングの研究者ブラッド・ショーンフェルドは、トレーニングの目的を大きく三つに分類しています。「筋肥大(サイズ)」「筋力(パワー)」「筋持久力(エンデュランス)」です。それぞれに最適なプログラムがあり、「デカくなる」のは三つのうちの一つにすぎません。
クロスフィットが教える「多様性」
実際、クロスフィットのジムにもいろんな人がいます。
ゴリゴリのアスリートもいれば、運動経験ゼロで始めた人もいる。40代の主婦も、60代の経営者も。体型も目標もバラバラ。
共通しているのは「自分の体と向き合っている」ということだけです。
クロスフィットの創設者グレッグ・グラスマンは、フィットネスを「仕事能力の向上」と定義しました。見た目ではなく、「何ができるか」に焦点を当てる。この定義のシフトは、フィットネスの世界に大きな影響を与えました。
「デカくなりたい」人はデカくなればいい。「引き締めたい」人は引き締めればいい。「健康でいたい」人は健康を目指せばいい。他人の目標と自分の目標を混同する必要はありません。
私が通うクロスフィットのジムでは、70代の会員が20代の会員と同じワークアウトを(重量とスケーリングを調整して)行っています。目的は違いますが、「自分の限界に挑戦する」という点で共通している。この「多様性の中の共通性」が、クロスフィットのコミュニティの魅力です。
「機能的な体」という第三の選択肢
「デカい体」と「細い体」。この二項対立の外に、第三の選択肢があります。「機能的な体」です。
機能的な体とは、「日常生活や仕事、趣味を高いパフォーマンスでこなせる体」のことです。重い荷物を持ち上げられる。階段を息切れせずに上がれる。子どもと全力で遊べる。旅行先で長時間歩ける。災害時に走って逃げられる。
クロスフィットが「ファンクショナル・フィットネス(機能的体力)」を標榜しているのは、まさにこの考え方です。見た目のための運動ではなく、「使える体」を作るための運動。
この視点は、高齢化社会の日本において特に重要です。サルコペニア(加齢性筋肉減少症)は、65歳以上の約15〜25%に影響を及ぼすとされ、転倒、骨折、要介護状態のリスク因子です。筋力トレーニングは、サルコペニアの予防と治療に最も効果的な介入法として、日本老年医学会も推奨しています。
「デカくなる」必要はありません。でも、「動ける体」を維持することは、年齢を重ねるほど重要になります。
ボディポジティビティと運動
近年、「ボディポジティビティ」。ありのままの自分の体を受け入れようという運動。が広がっています。この考え方は、外見による差別や偏見に抵抗する点で重要です。
しかし、一部のボディポジティビティの議論は、「体を変えようとすること自体が悪い」という方向に振れることがあります。これは行き過ぎだと感じます。
体を変えたいと思うこと自体は、否定されるべきではありません。問題なのは、「社会が押し付ける理想の体型に合わせなければならない」というプレッシャーであり、「自分が望む体に向けて努力する」こと自体は、自律性の表現です。
心理学者のクリスティン・ネフが提唱した「セルフ・コンパッション(自分への思いやり)」の概念は、この点でバランスの良い視座を提供してくれます。今の自分の体を受け入れつつ、より良い自分に向けて努力する。この二つは矛盾しません。
入口は何でもいい
美容から入ってもいいのです。
「見た目を変えたいからジムに行く」。最初の動機としては十分です。動機が何であれ、動き始めれば、この連載で書いてきたすべての恩恵。メンタル改善、睡眠改善、生産性向上。が後からついてきます。
運動心理学の研究では、「外発的動機(見た目を良くしたい)」で運動を始めた人が、続けるうちに「内発的動機(動くこと自体が楽しい、体の変化を感じるのが気持ちいい)」に移行するケースが多く報告されています。動機は固定されたものではなく、行動の中で変化していくのです。
「正しい動機」など必要ありません。動き始めることだけが必要です。
デカくても、細くても、普通でも。自分が心地よいと感じる体を、自分で作っていく。それが「正解」です。
この章のポイント
- 「筋トレ=ボディビル」は日本的固定観念。WHOは全成人に週2回以上の筋トレを推奨している
- シドニー大研究では筋トレ実施者の全死亡リスクが23%低下。有酸素運動とは独立した固有効果
- 「デカい体/細い体」の二項対立の外に「機能的な体」という第三の選択肢がある
- 動機は外発的でいい。動き始めれば内発的動機に移行する。必要なのは「正しい動機」ではなく行動
参考文献 [1] World Health Organization. WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour. 2020. [2] Stamatakis E, et al. Does strength-promoting exercise confer unique health benefits? Am J Epidemiol. 2018;187(5):1102-1112. [3] Cash TF. Body image: Past, present, and future. Body Image. 2004;1(1):1-5. [4] Schoenfeld BJ. The mechanisms of muscle hypertrophy and their application to resistance training. J Strength Cond Res. 2010;24(10):2857-2872. [5] Neff KD. Self-compassion: An alternative conceptualization of a healthy attitude toward oneself. Self Identity. 2003;2(2):85-101. [6] Cruz-Jentoft AJ, et al. Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis. Age Ageing. 2010;39(4):412-423.
この記事は連載「なぜ動く人は、幸せそうなのか」の第51回です。 前回 → 第50回「離脱率63%の壁をどう超えるか」